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2010年 12月25日 滋賀と京都でお話しました
  浦島悦子
滋賀と京都でお話ししました
 12月10〜11日、滋賀と京都の皆さんに呼んでいただいてお話しする機会を得ました。11日(金)には「辺野古に基地はいらない滋賀行動」の主催で「シマの未来を語る−沖縄から「本土」へ−」と題する講演会(草津市立まちづくりセンターにて)を、また12日(土)には「沖縄・辺野古への新基地建設に反対し、普天間基地の撤去を求める京都行動」の主催で「沖縄 いのち育む海と山とシマの未来」と題する対話集会(洛陽教会にて)とデモ行進を行いました。

 沖縄県知事選挙の敗北から間もない時期でしたが、遠い滋賀・京都の地で辺野古や沖縄の問題をわがこととして考え、取り組んでくださっている皆さんと語り合い、交流できたことは大きな励みとなり、元気をもらって帰ることができました。

 とりわけ、京都の対話集会では、若者たちが(経験豊かな先輩たちに支えられつつ)リーダーシップを発揮し、@流れの中で・知事選 Aいのち育む海と山 B人々の暮らしと民意 C島の未来 という4つのセクションごとに質疑応答しながら話を引き出してくれたので、とても深みのある対話ができたと思います。

 京都の繁華街を通るデモに対して京都市民の反応はちょっと冷たく感じたし、外気もとても寒かったのですが、温かい気持ちで沖縄に帰ってきました。
 滋賀・京都の皆さん、ほんとうにありがとうございました。さらなる一歩を皆さんとともに歩んでいきたいと思いますので、今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。
滋賀での「シマの未来を語る−沖縄から「本土」へ−」の様子です
京都での「沖縄 いのち育む海と山とシマの未来」対話集会の様子
京都では繁華街をデモ行進しました
以下は両会場で配布した資料です。
「新基地ノー」こそ沖縄の民意
――名護14年のたたかいの中から
ヘリ基地いらない二見以北十区の会共同代表・浦島悦子
名護市民投票(97年12月)

・96年4月、日米両政府は県内移設条件付きの普天間基地返還を発表。移設先とされた名護市民は「大事なことはみんなで決めよう」と住民投票を実施。

・ヘリポート阻止協議会(辺野古・命を守る会)、ヘリ基地いらない二見以北十区の会、ヘリ基地反対協議会(前身は市民投票推進協議会)が結成される。

・市民投票は「基地ノー」が過半数を占めたが、当時の比嘉鉄也市長が市民意思を踏みにじり、3日後に基地を受け入れて辞任。以来、13年間続く名護市の混迷と苦悩、「権力を持たない住民・市民」対「国・県・市・ゼネコン等の巨大権力」のたたかいが始まった。

・基地計画の中身は、市民投票時の「撤去可能な海上ヘリポート」→稲嶺恵一知事(98年11月〜2期8年)による「リーフ上埋立て・軍民共用空港」→在沖米軍再編に伴う「キャンプ・シュワブ沿岸案」(05年10月。06年4月、就任したばかりの島袋吉和・名護市長が「V字形沿岸案」で政府と合意)へと変化。

・05年4月より辺野古海岸での座り込み開始(〜現在)。海上阻止行動など。

・岸本建男市政、島袋市政と基地容認の市政が続き、北部振興策によるハコモノづくり、島田懇談会事業、地域振興補助金など800億円の基地見返り金(税金)が投入され、地域住民が分断される一方で、失業・倒産・過疎化が進む。

・ゼネコンと太いパイプを持つと言われる比嘉鉄也・元市長が辞任後も「陰の市長」として、土建業界と一体となって名護市を牛耳ってきた。



2010年名護市長選(「第二の市民投票」と言われた)

・13年間の苦悩、地域分断、ゼネコン支配に疲弊し、限界まで来た地元中小・零細企業を含む市民が「変化」を求め、市民投票の原点に立ち返ろうとたちあがった。

・比嘉鉄也氏がリードする基地容認・推進派はあらゆる手段で切り崩しを図り、企業・地域での締め付け、期日前投票制度を悪用した投票の強制などを行なったが、名護市民の良識が「陸にも海にも基地はつくらせない」と明言・公約する稲嶺進市長を誕生させた。

・09年8月の政権交代が「変化」への追い風となった。

・二見以北(稲嶺市長の出身地)における地域住民の変化。



2010年名護市議選

・改選前の議席は稲嶺市政の与野党が伯仲。市長派と反市長派がいずれも過半数獲得をめざす熾烈な選挙戦となった。定数27人に37人が立候補。18人が市長派、16人が反市長派、3人がその他(うち2人は公明党)。

・反市長派(基地容認派)は「市長リコール」をも視野に入れた猛烈な巻き返しを図り、仲井真県知事が応援、辺野古基地建設に固執する民主党政権も梃子入れ。

・反市長派優勢との当初の予想を覆し、市長派が圧勝。16人の安定多数を獲得した。

・比嘉鉄也=ゼネコン支配はもはや通用しないこと、終わったことを示した。

・新生名護市議会が10月15日、県内移設の日米合意撤回を求める意見書・決議可決。



2010年沖縄県知事選

・現職・仲井真弘多候補(公明党、自民党沖縄県連などが推薦)と新人・伊波洋一候補(共産党、社民党、沖縄社大党などが推薦)の事実上の一騎打ちとなった。民主党政権の方針である辺野古移設に対する沖縄県民の反発の大きさから、民主党は独自候補の擁立を断念せざるをえず、自主投票とした。

・一貫して普天間基地撤去、県内移設反対の態度を貫いてきた前宜野湾市長の伊波氏に対し、これまで条件付き県内移設容認派であった仲井真氏は選挙直前になって「県外移設」を言い始め、争点ぼかしを図った。

・名護市の稲嶺進市長は名護市政、宜野湾市政、県政を3本の矢に例え、伊波県知事と、伊波市政を引き継ぐ安里宜野湾市長の誕生に向けて力を尽くしたが、知事選の結果は、仲井真氏が伊波氏に4万票近い差をつけて再選された(宜野湾市は安里氏が当選)。60%すれすれという投票率の低さは県民の政治不信を物語っている。

・伊波知事誕生は実現しなかったが、容認派であった仲井真知事に「県外移設」を公約させたのは沖縄県民の強い民意の力に他ならない。この公約をしっかりと守らせ、辺野古の海の埋め立てをさせないこと、日米両政府に辺野古移設を断念させることが私たちの目標である。

・同時に、沖縄の基地問題の解決は、日米安保の見直しなしにはありえないことを全国民が認識する必要がある。日米安保に頬被りをし、不問にする日本政府・国民の姿勢こそが、沖縄に基地を押しつける「沖縄差別」の元凶であり、全国民の課題として取り組むことが求められている。

・11月30日、名護市は、「辺野古移設を前提とした調査には協力できない」として沖縄防衛局に現況調査の拒否を正式に伝えた。断固として新基地反対を貫く稲嶺進・名護市政を全面的に支えていきたい。
みなさん! 10区の会がめげないよう、 応援をおねがいします。
郵便振替 01730-9-9673 ヘリ基地いらない二見以北10区の会