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2010年  9月19日 三たび「基地ノー」の民意は示された
名護市議選の勝利を県知事選へ
  浦島悦子

沖縄と日本の未来がかかる2つの選挙

名護市議選の勝利を県知事選へ
 熾烈をきわめた選挙戦。内外の多くの人々が固唾を呑んで見守った投票結果…。名護市議選から一夜明けた13日、晩夏の太陽にきらめく辺野古・大浦湾の海は、いつもと変わらぬ美しさを湛えていた。

 絶滅に瀕した北限のジュゴンの生息域であり生物多様性の宝庫と言われるこの海域を埋め立てて米軍基地(普天間基地代替施設)を建設する国の計画に対し、今年1月、明確な反対を打ち出して当選した稲嶺進市長を支える候補者と、基地を容認する候補者のどちらが過半数を制するか。12日に行なわれた名護市議選には、名護市だけでなく沖縄の未来がかかっていた。そして名護市民は(97年の名護市民投票、今年の市長選に続いて)三たび「基地ノー」の判断を下したのだ。定数27人中与党16人という圧倒的勝利は稲嶺市政の今後を盤石のものにしたと言えるだろう。

 まず、選挙結果を見てみよう。当日の投票率は72.07%。投票者総数3万2384人(有効投票数3万2091)、うち期日前投票者数が1万601人(前回市議選より約2千人増)であった。

 当初、立候補を表明した37人の内訳は与党系18人、野党系16人、公明党2人、「その他(現職の大宜味村議を辞め、民主党推薦で名護市議選に立候補)」1人だったが、告示直前になって野党系の1人が辞退し、「その他」が1人加わって(選挙での得票数は22票)合計は変わらない。

 与党系は18人中16人が当選し、野党系当選者11人には公明党2人が含まれている。「その他」の2人はいずれも落選。与党系にも民主党推薦候補が1人いたが落選した。県民の意思に反して基地の県内移設を押しつけようとする民主党は、現在の沖縄ではすこぶる評判が悪い。

 改選前の議席は与党12人、野党12人、中立3人と言われていた。8月4日、稲嶺進後援会主催で行なわれた、市長を支持する18人の立候補予定者激励会で挨拶した稲嶺市長は「多数与党で市長選を勝ち取ったはずなのに、蓋を開けてみたら少数与党になっていた」と危機感を露わにし、市長選における公約の実現のためにも18人全員の当選を強く訴えた。

 市長選で稲嶺氏を支持した議員は14人だったが、そのうちの2人と、島袋吉和・前市長を支持した13人のうちの1人が市長選の後、いっしょになって新会派を作った。「中立」という建前とはうらはらに、その背後で糸を引いているのは、市民投票の結果を裏切って基地を受け入れ、辞任して以降も名護市の「陰の市長」として市政を裏から操ってきた比嘉鉄也・元市長だと言われる。

 比嘉氏は、名護市の保守の「基礎票1万6千」を千票ずつ分け、16人を確実に当選させると豪語していると伝えられていた。直前の1人(新人)の辞退は、市議会の過半数である15人を、より確実に当選させるために下ろされたのだろうと噂された。

 しかしながら選挙結果は、これまで名護市を牛耳ってきた比嘉鉄也=ゼネコン支配が、もはや効力を失いつつあることをはっきりと示した。官房機密費を使った政府の梃子入れも、名護市民の良識には歯が立たなかったようだ。「乱立」と言われた与党系は2人の落選に留まり、逆に「全員当選予定」だった野党系はめぼしい候補者が次々に落選した。彼らは基地問題の争点ぼかしを図ったが、賢い有権者はちゃんと見抜いていた。

 告示前に出回っていたという怪文書(私自身はそれを見ていないが、見た人の話によると)には、37人の立候補予定者の得票数が一覧表で示され、島袋前市長の副市長であった徳本哲保(のりやす)候補(新人)がトップ当選と予測されていたというが、実際には31位で落選。基地推進派のメンツをかけた目論見はあえなく潰えた。元自民党衆議院議員・嘉数知賢氏の長男である嘉数巌氏(新人)も「親の七光り」が届かなかったのか33位で落選、稲嶺支持から「中立」派に移った比嘉拓也氏(現職)も落選した。

 一方、与党系は現職12人全員に加え、新人3人、元職1人が当選。そのうち基地推進から反対に転じた比嘉祐一氏、元自民党員であった神山正樹氏、岸本建男・元市長(故人)の長男である岸本洋平氏など保守系の候補者(いずれも現職)に対しては特に、比嘉鉄也氏サイドからのさまざまな攻撃やバッシングが行なわれたというが、それをはねのけて岸本洋平氏は1476票で見事トップ当選。比嘉祐一氏、神山正樹氏も900票以上を獲得して当選した。

 私自身は、基地建設予定地である名護市東海岸からの立候補予定者4人(前出の徳本候補を含む)中、唯一の市長派であり、この13年間、基地反対運動をともにたたかってきた仲間である東恩納琢磨さん(現職)の選対事務局の中心を担っていたため、他の陣営のことはわからないが、「基地ではなく、自然を保全し、それを活かした地域づくりを」という私たちの主張が、前回選挙とは格段の差で、地域住民、名護市民にしっかり受け止められているという実感を持った。

 地方の議員選挙はまだまだ地縁血縁に頼る古い体質が色濃く、「マニフェスト選挙」など夢のまた夢、という感じだが、それでも、名護市民の意識が確かに変わりつつあると感じたのは、東恩納さんの基地反対やジュゴン保護活動に惹かれて全県・全国から手弁当で応援に駆けつけた人たちが、路地を歩いたり街頭で支持を訴えることに対する受け止め方だ。明らかに「よそ者」とわかる人たちへの市民のまなざしの温かさや激励は、反感を買うのではないかという杞憂を払拭し、排他性を越える可能性を感じさせた。

 また、期日前投票に対する市民の意識もかなり変わってきたように思われる。今年の市長選挙では期日前投票が、尋常でない企業動員や投票の強制に使われた。今回も一部には企業動員が見られたものの、その多くはむしろ、意識的な人たちが率先して投票に行ったと見られ、期日前投票が、当たり前の投票行動の一つとして定着しつつあることを示している。

 市長選挙で「不正投票監視団」を務めた那覇市の0さんは今回も期日前投票所前に立ったが、しばらくして帰ってくると「名護市選挙管理委員会がとてもしっかりしている」と感心していた。介護の必要な人が来ると、付き添いの人には待ってもらい、職員が付き添って投票させていたという。「前回とは全然違う。市長が替わると、こんなにも変わるのかと思った」

 13日午前、6年以上に及ぶ座り込みの続く辺野古テント村で、テント村を運営する名護・ヘリ基地反対協議会(反対協)に関わる3人の議員の当選を祝うささやかな会が催された。11期目の当選を果たした共産党の具志堅徹さん、反対協の事務局長でもある2期目の仲村善幸さん(岸本洋平さんに次ぐ2位当選)、同じく2期目の東恩納琢磨さん。いずれも千票以上を獲得している。

 辺野古のおじぃ・嘉陽宗義さんやおばぁたちも勢揃いし、テントに集まった人々とともに3人の当選を喜び合った。3人がそれぞれ抱負と決意を述べ、反対協代表委員の安次富浩さんが、「名護市議選の勝利を、11月28日に行なわれる沖縄県知事選の勝利に繋げよう」と呼びかけた。埋立て許可権限を持つ県知事が許可しなければ基地は造れない。 

 当選議員の間から、早速、市議会で基地反対決議を上げようという声が出ている。菅政権はあくまでも辺野古に固執する考えのようだが、名護の民意は既にしっかりと示された。私たちはさらに県知事選で沖縄の民意を示し、「基地建設」の息の根を止めるだろう。

 テント村の前に広がる辺野古の海はエメラルドグリーンの輝きをさらに増し、リーフに砕ける白波が名護市民にエールを送っているように思われた。
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