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2009年 12月10日 テーマ 岡田外相との「対話集会」で住民の怒りが爆発
    浦島悦子
12/5 岡田外相との「対話集会」
住民の怒りが爆発
 12月5日(土)に開催された岡田克也外務大臣との「対話集会」について、渡具知智佳子さんが「一週間のできごと」で既に報告していますが、マスコミを閉め出して行われた集会の模様を、以下、もう少し詳しくお伝えしたいと思います。
 
 在沖米軍普天間飛行場移設問題をめぐって迷走を続ける鳩山政権の岡田克也外相が5日、名護市内で住民との「対話集会」なるものを行いました。

 当初、国政選挙区の沖縄3区と4区(いずれも民主党の衆議院議員が出ている)に所在する名護市および糸満市の2ヵ所で開催される予定でしたが、集会が非公開とされたことから4区選出の瑞慶覧長敏議員は責任が持てないとして開催を拒否、3区の玉城デニー議員が主催する名護市だけの開催となったものです。

 3区住民のうち前もって名簿を出した人だけの限定参加(100人)、非公開(マスコミは頭撮りのみ)という集会のあり方に抗議して、ヘリ基地反対協議会は参加を拒否しましたが、私たち二見以北十区の会は、集会が単なるアリバイ作りではないかという危惧を持ちつつも、岡田外相の意図がどうであれ、地元住民の意見を直接ぶつけるために6人(名護市議として参加した東恩納琢磨さんを含む)が参加しました。
 
 集会の冒頭、マスコミも見守る中で岡田氏は次のように述べました。

 「民主党はマニフェストで米軍再編見直しを掲げ、鳩山首相が県外移設を言ったのは確かだ。民主党が政権についてから2ヶ月間、米国と話し合い、検証を行ってきた。しかし米国は、検証はいいが、日米で合意したことは変えられないと言っている。辺野古移設とグアムへの海兵隊移転、嘉手納以南の基地返還は一体だ。辺野古移設がなくなればあとの2つもなくなる。日米同盟は日本の安定にとってなくてはならないものであり、持続していくというのが民主党の立場だ」云々…

 会場がざわめきます。まるで米国の代弁のような口ぶりに、予想していたとはいえ「やっぱり」と落胆しました。

 マスコミは冒頭の外相挨拶が終わると閉め出され、住民とのやりとりは密室の中で行われました(会場の外で見守っていた人の話では、カーテンまで閉められてしまったので何も見えなかったそうです)。

 最初に発言したのは、2006年の名護市長選挙で基地反対の立場から立候補した(残念ながら当選を逸しましたが)我喜屋宗弘さん。この日の主催者である玉城デニー氏の北部後援会長であることを名乗った上で「辺野古移設反対の民意ははっきりしている。米国の脅しに屈しないで欲しい。辺野古に基地を造らないという大臣の言葉をいただきたい」と、きっぱり要請しました。

 全体で約1時間という限られた時間の中で名護市議を含め10人が発言。戦後64年間の基地の重圧、移設予定地住民の13年間の苦しみ、民主党は「県外・国外移設」という公約を守って欲しい、などと口々に訴えました。

 十区の会の渡具知さんは一家3人で立ち上がり、「子どもたちの未来のために基地は造らせない」、小学6年生の武龍くんは「約束を守ってください」と堂々と発言しました。米国で行われているジュゴン裁判の原告である東恩納琢磨さんは「基地でなくジュゴン保護区を作ることが日米両政府の世界への貢献だ」と述べました。

 私は、「正直に言って、この会は結論を決めた上でのアリバイ作りではないかと疑っている。しかし一方で、私たちの思いを受け止めてもらえるのではないかという期待も持って来た」と前置きして、過疎、地域分断の実態、住民の思いなどを説明。「民主党に期待していたが裏切られた思いだ。県外と言いながら、何の検証もされた形跡がない。選挙目当てのリップサービスだったのか。すぐに決められないのはわかる。13年間我慢してきた私たちは、もう少し待つことができる。急いで辺野古に決めないで欲しい」と言いました。

 しかしながら、それらに対する岡田氏の答は「2005年以前に民主党が政権を取っていたら、この問題を白紙で考えることができた。しかし、長年の積み重ねの結果である日米合意を、政権が変わったからといって白紙にはできない。日米同盟は重要だ。みなさんの苦労や気持はわかるが、国益も考えなければならない」と言い訳ばかり。「これから新しいところを探すとなると時間がかかり、その間、普天間の危険が放置される」と彼が言うと、「それは脅しか!」と激しいヤジが飛びました。

 最後に発言したのは、来年1月24日投開票の名護市長選挙に出馬を予定している稲嶺進さんでした。彼は「これまでみなさんが述べてきたことが民意だ。名護市民は13年間も基地問題で2分され、翻弄されてきた。今回の市長選も基地問題が争点となるが、もう終わりにしたい。どうか民意を実現して欲しい」と、みんなの思いを集約しました。

 「次の日程」のために席を立とうとする岡田氏に、胸が煮えくりかえるような思いをじっとこらえていた住民の怒りが爆発。「がっかりした!」「沖縄県民より米国が大事か!」「政府がそんな態度なら嘉手納基地も撤去運動を起こすぞ!」等々の声が会場に渦巻きました。

 終始固い表情を見せていた岡田氏に私たちの思いが届いたとは思えませんが、少なくとも沖縄側の意思を示すことはできたと思います。

 米国からの圧力(辺野古現行案、早期決着)、連立を組む社民党の抵抗(辺野古移設反対)、沖縄の民意、の狭間で動きの取れない鳩山政権が、今後どのような方針を出してくるのか予断を許しませんが、私たち名護市民にとっての喫緊の課題は、市長選挙で基地反対の市長を誕生させることです。

 今回の市長選挙は、97年の名護市民投票に次いで市民の民意を示すものとなります。たとえ鳩山政権が米国に屈したとしても、市長を先頭に名護市民が結束して「ノー」と言えば、そう簡単に強行することはできないでしょう。
みなさん! 10区の会がめげないよう、 応援をおねがいします。
郵便振替 01730-9-9673 ヘリ基地いらない二見以北10区の会