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2009年  5月10日 テーマ 普天間代替施設環境影響評価準備書への私の意見書
普天間飛行場代替施設建設事業に係る
環境影響評価準備書に対する意見書
2009年5月2日
浦島悦子
 環境影響評価法第18条の規定に基づき、建設予定地域に住む住民として、自然環境および生活環境の保全の見地から次の通り意見を提出します。
<意見の項目1>公告縦覧のあり方について
<意見の内容およびその理由>


 @方法書の段階で、県内・国内の主要箇所でも縦覧を行うよう要請したにもかかわらず、準備書の縦覧場所は、方法書と同じく沖縄県内の5ヶ所のみであり、まったく改善されていない。私たちは、建設予定地域にある名護市役所久志支所でも縦覧を行うよう、そこに住む住民として要請したが、入れられなかった。

 @縦覧場所のすべてが官公署なので、平日の9〜17時しか見ることができない上に、書類はすべてワイヤーでつながれ、コピーも不可というのでは、仕事を持つ普通の市民が5400頁にも上る膨大な準備書に全部目を通すのは不可能である。インターネットでの公開は「行政サービス」とのことであるが、ダウンロードするだけでもたいへんな作業であり、困難である。

 @準備書の内容も、調査結果の羅列で整理されておらず、非常にわかりにくく、読みにくい。

 @事業が計画されている辺野古・大浦湾海域は、北限のジュゴンが生息し、アオサンゴやハマサンゴの大群落、クマノミのコロニーなど、世界的にも貴重でユニークな生態系が次々に明らかになっており、地球の宝と言うべき場所である。そこに巨大な基地を造るこの計画の環境影響評価には、今や県内・国内だけでなく世界中の関心が集まっている。また、米国ではジュゴン訴訟も継続中であることから、準備書を英訳して公開すべきである。

 これらのどれをとっても、市民・住民との合意形成のツールと言われる環境影響評価法の精神に反しており、きわめて不当である。
<意見の項目2>説明会のあり方について
<意見の内容およびその理由>


 @縦覧場所と同様、説明会もできるだけ多くの場所で、それぞれ複数回行うよう要請したにもかかわらず、建設予定地域の3ヶ所のみ、各1回のみの開催であった。

 @その内容も、膨大な内容を1時間で説明し、わずか20分の質疑時間しか予定されておらず、多くの手が上がっているのに強引に打ち切るなど、住民の疑問、懸念や不安に誠意を持って答えるという姿勢にはほど遠く、単なるアリバイ作りとしか思えないものであった。
<意見の項目3>手続きの違法性について
<意見の内容およびその理由>

 @2008年1〜3月に出された「追加修正資料」によって、当初の方法書にはほとんど書かれていなかった事業内容が明らかになった。それは、自然環境や生活環境に著しい影響を与えるものであるにもかかわらず、私たち住民はそれに対する意見を述べる機会を与えられないまま、準備書へと手続きが進んだ。

 @方法書によらない事前調査=環境現況調査に莫大な血税を使い、海上自衛隊まで投入して強行した。この違法な事前調査の結果を準備書の中に取り込むことはきわめて不当である。

 @現在、キャンプ・シュワブ内で兵舎建設工事が行われている。これは飛行場建設に伴う兵舎移転であるにもかかわらず、環境影響評価の対象にせず工事が行われているのはきわめて不当であり、すぐに中止してアセスを行うべきである。

 @準備書には、方法書にも追加修正資料にもなかった事業内容がさらに追加されている。このような後出しは、住民を騙し、かつ、今後さらに新しい内容が追加されるのではないかという不安と不信を与えるものである。
 
 以上のいずれもが、本アセスの手続きが違法かつ不当なものであることを示しており、もう一度手続きの最初に立ち戻り、方法書からやり直すべきである。なお、その際、事業実施区域の自然環境の重要性に鑑みて、ゼロオプション=事業を行わない選択を含めるべきことは言うまでもない。
<意見の項目4>方法書に対する意見と事業者の見解について
<意見の内容およびその理由>


 方法書に対する市民からの意見に対する事業者の見解には、誠実さがまったく見られず、意見に対する答になっていない。名護市民投票によって市民の過半数が反対の意思を明らかにした事業を、世界的にも貴重な自然環境を壊してまで、なぜ行わなければならないのかという根本的な問い、疑問に事業者は誠実に答えるべきである。初めから「建設ありき」で、市民の意見をないがしろにする姿勢は、環境影響評価法の精神を著しく阻害するものである。
<意見の項目5>埋立土砂採取に関するアセスについて
<意見の内容およびその理由>


 @埋立に使われる土砂約1900万立方メートルのうち約1700万立方メートルの調達については「現段階において確定していない」というが、沖縄県の2006年度海砂採取量の12倍以上に及ぶ膨大な量をどこから調達するのか。他府県では砂採取の総量規制が行われていることを考えれば、県内調達となるのではないかと、海砂採取の被害を既に受けている地域住民としては非常に不安である。単に隠しているだけではないかという不信感も生まれる。

 @200万立方メートルの土砂採取についてはアセスを行っているのに、その8倍以上の土砂採取についてアセスを行わないのは不可解である。現段階で確定していないのなら、確定した段階で環境影響評価を行うべきである。海砂の採取は、地域住民に大きな被害をもたらすだけでなく、沿岸域の浅海の砂地にあるジュゴンの餌場を消失あるいは攪乱させ、沿岸生態系に多大な影響を及ぼすことから、これに関するアセスを行わないうちに計画を先へ進めてはならない。
<意見の項目6>施設の供用(飛行経路・機種・護岸等)について
<意見の内容およびその理由>

 @普天間飛行場がそうであるように、その代替施設は当然のことながら訓練基地である。「標準飛行経路」が示され、ヘリは海側だけしか飛ばないかのように図示されているが、地域住民をはじめ、およそ沖縄に住んでいる者でそれを信じる者はいない。海の上しか飛ばないのでは訓練にならないことは子どもでもわかる。私たち地域住民は、普天間基地の実態がそうであるように、もし代替施設ができれば、米軍機は縦横無尽、自由自在に私たちの頭上を飛び回り、ヘリの騒音、軍用機の爆音、墜落の危険に日常的にさらされるだろうという不安を持っている。米軍と協定を結んでも、これまでそれが守られた例はなく、今後も守られることはないであろう。代替施設の安全基準に日本の法令は適用されず、米軍の基準で行われることを防衛局も認めている。

 @普天間飛行場およびその代替施設にオスプレイが配備されることを米軍が明言しているのに、日本政府=防衛局は隠し続けている。オスプレイが配備された場合のアセスを行うべきである。

 @準備書において、係船機能付護岸の建設が追加されたことは、代替施設の軍港化の不安をいっそう掻き立てる。

 以上のように、施設の供用に関する準備書の記述は、子どもでも騙されないほど稚拙であり、地域住民の不安に何一つ答えていないばかりか、住民を愚弄するものである。
<意見の項目7>ジュゴンについて(事業を中止し、緊急保護計画を!)
<意見の内容およびその理由>

 @複数年の調査が必要という県知事意見を無視し、わずか1年の調査で、生息数3頭(嘉陽沖1頭、古宇利島沖2頭)、辺野古海域は生息域ではないので基地建設の影響はない、と結論づけるのは、あまりにも粗雑かつ乱暴である。

 @なぜ辺野古にジュゴンが来なくなったのか、をこそ調査すべきである。
 辺野古には嘉陽の10倍以上の良好な海草藻場があり、H14年以前は目撃や食み跡の記録もあることは準備書にも書かれている通りである。それが、この1年間の調査では見られなかったのはなぜなのか、事前調査に始まる多数の作業船の横行、海底への機材の設置、米軍演習など、辺野古海域の状況がH14年以前とどう変化し、それがジュゴンにどのような影響を与えたのかを調査しなければ、科学的調査とは言えない。

 @この1年間は台風の直撃がなかったため、台風時の調査が行われなかったことは大きな欠陥である。台風時にジュゴンがどのような行動をとるか、海草藻場がどう変化するかを解明し、それに対処できなければ、ジュゴンの生存を担保することはできない。

 @たとえ現在使用されていなくても、辺野古の海草藻場および海域はきわめて重要である。
 一昨年の大型台風の直撃により嘉陽の海草藻場は大きく攪乱された。今後も、さまざまな自然的・人為的条件により嘉陽の藻場が使えなくなったり、生息域として不適となる可能性がある。その場合の担保として辺野古の海草藻場および海域を良好な状態で保全しておかなければ、ジュゴンの生存は維持できない。

 @ジュゴンは移動する動物であり、生態も未解明である。専門家は、ジュゴンの個体数を維持するには現在よりも良好な生息環境が必要だと言っている。準備書において3頭という数が示されたことはきわめて重要であり、ジュゴンにとって一刻の猶予もない状況だということである。準備書をどう読んでも、事業計画は即刻中止し、緊急にジュゴンの保護・保全計画を立てるべきだという結論しか導き出せない。
<意見の項目8>景観について
<意見の内容およびその理由>


 @景観を、単に目に映る眺めとしか捉えていない。私たちは自然を眺め、自然に抱かれる(囲繞される)ことによって精神的な安らぎなど、目に見えない恩恵を得ている。その場所に基地が建設され、存在し、ヘリや軍用機が飛び回ることによる価値の低下は計り知れない。

 @施設建設による囲繞景観の変化を面積でしか捉えないのはきわめて不当である。騒音や事故への不安、基地があることで戦争に巻き込まれる不安などをもって眺める風景は、それがない場合とはまったく異なるものであり、景観の価値を大きく損なう。例えば7%の変化が「非常に小さい」(6-20-182頁)とはとても思えない。

 @「景観資源」として山5地点、島3地点、樹木5点が上げられている(6-20-41頁)が、これらのみを取り上げた根拠が不明である。

 @景観の価値としての「固有性」のとらえ方がおかしい。山地・島嶼のみが固有性が高く、湿地や砂浜、また集落などは固有性は低いとされているが、地域の生態系全体が(それがある程度破壊あるいは攪乱されているとしても)固有のものであり、集落のように人為が加わったものについても、歴史性を含む固有性を持っている。

 @施設供用による影響について、ヘリコプターが場周経路を飛行する場合のみが想定されているが、これは、施設を使用する米軍の見解から予測される実態とかけ離れており、きわめて不当である。

 @「平島については地域の住民の方たちによる利用はなく」(6-20-157頁)は事実に反している。平島は古くから地域住民に親しまれ、現在も利用されている場所である。辺野古区事務所発行の字誌『辺野古誌』にも「この島は村人が最も親しんできた無人の島である」「住民の楽しい行楽の場として親しまれてきた」との記述がある。現在も多くの地元および近隣住民に利用され、浜下りの時期には、船を仕立てて島に渡る人々でいっぱいになる。「浜下り調査」を行った(6-21-3および4頁)と記述されているにもかかわらず、利用がなかったというのは不可解である。調査方法が不適当だったのではないか。また、「供用後は立ち入りができない区域とな」る(6-20-157頁)ことによる影響は多大であり、その予測および評価も必要である。

 @「ヒアリングの結果、すべての景観区分において普遍価値、固有価値ともに概ね下がる結果となりましたが、多様性、自然性、固有性については大きな変化は見られませんでした」(6-20-185頁)という文章は、前半と後半が明らかな論理矛盾を来たしている。普遍価値=多様性、自然性であり、固有価値=固有性であるから、文章は前半だけで充分であり、後半はいらない。この文章は「黒は白である」と言っているのと同じである
<意見の項目9>人と自然との触れ合いの活動の場について
<意見の内容およびその理由>


 @人は自然の一部であり、自然は、人間がそれなくしては生きられない基盤である。利用を含む自然との触れ合いは、人が生きる上での基本的・必然的な営為である。レジャー的利用や施設利用は、そのごく一部分であり、しかも本質的でない部分に過ぎない。したがって、そこに偏った調査は一面的であり、人と自然との触れ合いの本質を捉えていない。

 @辺野古の人々と自然との関わり(触れ合い)の基本は、イノーおよびピシ(干瀬)との関わりであるが、それにまったく触れられていないのは致命的な欠陥である。『辺野古誌』にも「干瀬からイノーは村の人々の生活圏であり、そこを中心に経済的にも深く関わってきた。海は、漁民だけでなく、シマ(村)に住む人々にとって陸地同様、生活とのつながりが深く」「その浅瀬海域はイザリ漁の範囲であり」「ピシは住民との関わりが深く」「旧暦の1日・15日前後になると、住民はピシに乗り出してタコや貝類漁りを楽しむ」等々の記述がある。それは現在でも変わらない。基地建設がイノーやピシにどんな影響を及ぼすかを調査・予測・評価することが必要である。

 @「○○には人と自然との触れ合い活動の場はない」という表現が随所にあるが、これも、人と自然との触れ合いを一面的にしか捉えておらず、不当である。埋立により浜下り場所が2箇所が消失しても他の場所が利用可能、とか、工事終了後に出現する埋立地や護岸が代わりになる、という認識(6-21-109頁)は間違っている。場所の固有性は置換不能であり、人工的に造られた埋立地や護岸は自然のものとはまったく違う。

 @基地建設によるさまざまな自然の改変・破壊がもたらす人と自然との関係の変化は複合的・重層的であり、精神的なダメージも大きい。基地ができれば、人と自然との関係がより疎遠になってしまうであろうことは素人が常識で考えてもわかる。にもかかわらず、膨大な調査費を使ったあげく、すべての項目が判で押したように「変化・影響はない」「少ない」と予測されているのは、きわめて不当である。
<意見の項目10>歴史的・文化的環境について
<意見の内容およびその理由>


 @文化財、御嶽や拝所、伝統行事や祭礼の場等の調査結果により、この地域が歴史的・文化的環境に優れていることがよくわかる。そもそも、伝統行事を含む地域の文化は、その地域の自然と歴史に育まれて成立したものであり、文化的環境の豊かさは地域の自然の豊かさの反映であり結果である。したがって、これらの場所が施設区域や工事区域内にない、またはそこから工事や施設が見えないので影響はないと予測するのは、きわめて皮相かつ本末転倒である。場が成り立つゆえんである地域の自然が破壊・改変されれば、場そのものも崩壊ないしは形骸化すると予測するのが妥当である。

 @伝統行事に関する場所として平島が漏れている。『辺野古誌』にもあるように、辺野古の祭祀には平島およびその周辺で撮れる海の幸を供えるしきたりとなっており、施設建設によって平島への立ち入りができなくなることは、辺野古の祭祀に大きな支障を来たすと予測される。辺野古のお年寄りは「てぃだ(太陽)の上がる平島・長島の方角は神聖であり、そこに基地を造れば罰が当る」と言っている。

 @拝所としてトングヮおよびそこに祀られている龍宮神が漏れている。現在は辺野古漁港の堤防で陸地とつながっているが、かつては地先の離れ小島であり、『辺野古誌』によれば「シマの古老たちは、トングヮを村のフンシー(風水=魔除け)としてあがめ、旅の安全を祈願した」「(かつて根神職が)天人がこの岩島に降臨してから西南の前ヌ御嶽へ来臨する聖地である(と語った)」という。トングヮには龍宮神が祀られており、パワーの強い神として沖縄各地のカミンチュをはじめ参拝者が後を絶たない。漁港建設とともに堤防より上に祠が移されたが、もとは波打ち際に近い場所にあった。「そこが本来の場所であり、移すべきでなかった」と言う人も多い。その本来の場所は、作業ヤードとして埋め立てられる計画であり、調査・予測・評価の対象にすべきである。

 @高墓やアジ墓のあるタカシダキも作業ヤード埋立によって直接影響を受ける場所であるが、これも漏れている。

 @調査区域のうち、他の集落についてはすべて拡大地図が掲載されているにもかかわらず、辺野古だけ拡大地図がなく広域地図となっているのは不可解である。大事な場所をぼかすためではないかと勘ぐられないためにも、他と同様の手法を取るべきである。
<意見の項目11>評価の不当性について
<意見の内容およびその理由>


 @どの項目も判で押したように「事業者の実行可能な範囲でできる限り回避・低減が図られているものと評価しました」と記述されていることに、住民説明会でも失笑が漏れていた。「実行可能な範囲」とはどんな範囲なのか、「できる限り」の内容を示さなければ何も語っていないに等しく、住民を愚弄するものである。

 @現場の調査員は真摯に調査していることが4500頁もの調査報告から見て取れるが、それが、わずか31頁の総合評価で「影響は総じて少ない」と結論づけられている。調査結果では環境への影響が指摘されているにもかかわらず、評価においては、影響は「少ない」「ない」と強引に結論づけるやり方は、たとえどんな調査をしようと結論は最初から決まっている、という印象を強く与え、環境影響評価法への不信を生み、あるいは助長するものである。法治国家の政府機関の一つである防衛局(省)が自ら、法をないがしろにし、形骸化させることは許されない。
以 上
みなさん! 10区の会がめげないよう、 応援をおねがいします。
郵便振替 01730-9-9673 ヘリ基地いらない二見以北10区の会