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2008年   9月21日  テーマ 自衛隊P3C基地建設阻止闘争の勝利を祝う
(2008年9月17日付インターネット新聞JanJan投稿掲載記事)
文・写真 浦島悦子
9月13日のP3C基地建設阻止勝利集会の様子をJANJANに書きました。私たちは11年で「長すぎる」「早く終わって欲しい」とばかり思っていたけど、21年間頑張って断念させた人たちがいると思うと、とても元気づけられました。
沖縄・本部町: 自衛隊P3C基地建設阻止闘争の勝利を祝う
P3C基地建設計画に対し21年間にも及ぶたたかいを経て勝利した本部町豊原区で13日、「P3C基地建設阻止勝利集会」が開催された。建設阻止対策委員会の喜納政豊・前委員長は、米軍基地建設に対する反対運動が続く名護市辺野古、東村高江の代表者とつないだ手を高々と上げ、「今日は終わりではなく新しい出発点だ。この勝利を辺野古・高江の勝利につないでいこう」と全員で誓い合った。


勝利集会の様子(上本部中学校体育館)。
 21年間にも及ぶ長いたたかいが勝利した!

 9月13日、沖縄・本部町の上本部中学校体育館で「P3C基地建設阻止勝利集会」が開催され、海上自衛隊のP3C対潜哨戒機送信所建設計画をついに断念させた喜びを、地元住民・支援者たちが集って分かち合った。

 P3Cによる対潜水艦作戦は、那覇にある対潜作戦センターと送信所および受信所がセットになって完成するシステムだ。1987年2月、防衛庁が旧本部補助飛行場跡地にP3Cの送信所を建設する計画を発表して以来、地元・豊原区民は苦渋のたたかいを強いられてきた。

 予定地とされた旧本部補助飛行場は、1945年、沖縄に上陸した米軍が住民全員を収容所(現在、米海兵隊キャンプ・シュワブになっている名護市東海岸の大浦崎に設置された民間人収容所)に強制収容し、その間に家も畑もブルドーザーで壊して建設を強行。収容所から帰ったものの住む家も耕す土地もなく、中南部に移住せざるを得なかった人々も多い。飛行場は復帰直前に返還されたが、分厚いコーラル(サンゴ石を砕いたもの)が敷き詰められた土地は原状回復されないまま放置されてきた。

 その地への自衛隊基地計画に、「軍隊は住民を守らない。軍事施設の建設には土地を貸さない、売らない」と豊原区の全住民が立ち上がったのだ。88年7月、区民総会で反対決議を上げ、本部町長・町議会も反対を表明。89年5月の建設反対町民大会には1500人が参加した。しかし89年末、国頭村が受信所を受け入れ、約1年後に完成すると、本部町長・町議会は建設受け入れに変わり、豊原区民は着工を急ぐ防衛施設庁との実力対峙を余儀なくされた。

 農作業を投げ打って闘争小屋を建て、監視・測量阻止行動が始まった。北部地区労など県内の労働組合、一坪反戦地主会などを中心に現地行動や援農が取り組まれ、県内外に支援の輪が拡がっていった。94年には防衛庁などへの要請を行う東京行動が行われ、地元から16人の要請団が東京の支援者らとともに行動した。

 豊原区民のねばり強い闘いは再び本部町及び町民を大きく動かした。94年8月の町長選挙で建設反対を掲げる候補者が現職を破って当選し、同年9月、町議会も全会一致で反対決議を採択した。町議会は92年、着工を推進するため、建設予定地内を通る町道の廃止を賛成多数で可決したが、95年3月にはその復活を全会一致で可決。防衛施設庁は95年度の着工断念を発表せざるを得なかった。

 防衛庁はしかし、あくまでも「計画そのものは断念しない」と強調。地元住民はその後も緊張の解けない日々を強いられてきた。そしてようやく去る7月9日、防衛省が正式に建設中止を本部町に伝達してきたのだ。


挨拶する川上親友・建設阻止対策委員会委員長。
 勝利集会はまず、この20年余の間に、ともにたたかいつつ亡くなった人々へ黙祷を捧げたのち開始された。当初は闘争小屋で行われる予定だったが、台風接近のため会場を変更。冒頭で挨拶した建設阻止対策委員会の川上親友委員長は「この体育館は、88年10月、初めての反対総決起大会を持ち、850人が集まった記念の場所だ」と感慨深げに述べた。

 当時、上本部地区のPTA会長として反対運動に尽力し、現在は町議会議長を務める小浜利秀氏は「この20年間に町長が4人変わり、町の姿勢は二転三転した。しかし、予定地の92%が接収されても残りの8%が今日の勝利を導いたことに自信を持とう」と力強く語り、大きな拍手を浴びた。


辺野古(右)・高江(左)の代表者と手をつなぐ喜納政豊・前委員長。
 登壇者、参加者のどの顔にも長い年輪が刻み込まれている。集会のあとは和やかな祝賀会が行われ、豊原のたたかいを支援してきた人たちが次々にマイクを握り、思い出話や今後の抱負を笑顔で披露した。喜納政豊・前委員長は、現在も米軍基地建設に対する反対運動が続いている名護市辺野古、東村高江の代表者とつないだ手を高々と上げ、「今日は終わりではなく新しい出発点だ。この勝利を辺野古・高江の勝利につないでいこう」と全員で誓い合った。
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