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2008年  6月13日 テーマ 名護市議会での東恩納琢磨さんのご挨拶
東恩納琢磨さん名護市議会議員に繰り上げ当選
名護市議会で市議会議員就任のご挨拶
2008年6月5日、県議会選への立候補者によって欠員が生じ、ジュゴンの里の東恩納琢磨さんが繰り上げ当選し、当選証書が授与されました。6月12日には、名護市議会で就任のご挨拶を行いました。以下、その内容を掲載します。
 私は11年前土建会社に勤め、道路建設に携わってきました。

 地域が便利になり、地域の人々に喜んでもらえるという実感から道路を造る仕事に誇りとやりがいを感じておりました。

 しかし、11年前の1997年、普天間基地の代替案として、この名護市に新たな基地建設の計画が持ち上がり私の人生は一変しました。

 地域住民の環境や生活を破壊するのが軍事基地です。(それは沖縄の歴史が物語っています)公共工事の名のもとに地域に喜ばれることではなく、基地建設という地域に迷惑な施設を作る仕事に従事する、自分にはそんな選択しかないのかと、私は悩みました。

 そして、いや、違う道があるはずだ、その違う道を選択して、基地建設はいらない、そう思い勤務していた土建会社を辞めました。

 その年の暮れに、私の決断が正しかったのだと、希望を与えるできごとが、おきました。名護市民の住民投票です。

 大切なことは皆で決めよう、と名護市民は住民投票を構想し選択したのです。

 結果、辺野古に新たな基地はいらないという市民の意志がはっきりと示されました。ではなぜ、名護市民は新しい基地はいらないと、意思表示したのでしょうか。基地建設予定地は、名護市民の大多数が住む市街地から離れています。

 もし新しい基地ができても、大多数の市民の生活にはあまり悪影響は無いだろうという情報が当時出回っていました。基地を受け入れることによって、多くの交付金が期待できるとも言われていました。

 それでも、名護市民は基地誘致にNo!を出したのです。

 基地といういやなものを、人口の少ない地域、弱いところ、力のないところに押し込めて、それで市の財政を潤おすという、そういう、誰かの犠牲の上に成り立つ社会構造に、市民はストップをかけたのだと思います。

 そのことは、問題を、皆の知恵を出し合って解決していこうという、共生、共存の道を、名護市民はあの投票で示したのだと思います。あの投票は、沖縄の良心の表れだったのです。

 あの結果を見たとき、私は、この町に住んでいいのだ、これからも住めるんだ、この町に住み続けたいと思いました。

 そして、積極的に市民として、自分たちの政治に関っていこうと、思うようになりました。

 あれから11年、私はここに住み続けています。そして基地はいまだ造られていません。国によるボーリング調査の強行や、違法なアセスの事前調査などの厳しい状況の中で、私が基地いらないと思いを貫けたのも、原点である住民投票があったからです。

 そしてその11年の間に、人と人との絆が広がり、仲間とともに、いろいろな知恵を出し合ってきました。どうしたら基地に頼らずに、名護市を活性化していけるかを、模索してきました。その中で一番の成果は、豊かの海の再発見・再発掘だと思います。

 名護市の東海岸の海には世界的な保護動物であり、日本の天然記念物であるジュゴンが棲んでいます。そして、ユビエダハマサンゴノ群落や、アオサンゴの群落があいついで発見され、世界的に見ても、私たちの海は、とても貴重だと言うことが明らかになりました。

 このすばらしい自然を活かすために、名護市の東海岸地域にジュゴンの保護区を造り、豊かな海と市民が共生して、町おこしをしていける体制を、市を挙げて進めるべきです。

 議員の皆さん、皆さんの中には、基地の誘致に賛成しておられる方もいると思います。そのかたがたも、名護市を住みよい町にして行きたいという思いは、私と変わらないと思います。そのかたがたも含めて、皆さんに問いたい。この10年余りの間で、進むべき道がはっきり見えてきたのではないかと。

 基地の見返りの北部振興策が地元を潤おさず、中小・零細企業がどんどん潰れていきました。基地建設をはじめとする巨大公共事業は、ゼネコンに利益が吸い取られるだけで地元に何のメリットも無いこともわかってきました。

 国からの交付金にいつまでも頼るとはできないと、誰もが認識するようになったのです。また、振興策にまつわる癒着や汚職といったもので、新聞や週刊誌で名護市が全国に知られるようになりました。大変不名誉ことです。

 名護市の未来ためにとるべき道は、住民投票で起こった、市民の主体性のエネルギーを地域の力に発展させていくことであり、国の決定ありきで、市民の意志を二の次にする様な考え方は、おかしいと思います。

 市民のために政治や経済があるのです。市民が基地を望まないのであれば、まずそれを優先し、基地に頼らないでどういう市の運営をしていくのか。今よりももっともっと、市民に意見を言う機会を与え市民とともに考えていくのが私たち市議会の仕事だと思います。米軍基地という、負の遺産を子どもたちに残すのではなく。郷土愛を育むような地域の特色を活かした市民参加型の社会を築くべきです。

 11年前、ジュゴンの保護区を作ることや、私が市会議員になる事などまったく考えられないことです。しかし、諦めなければ実現可能になるのです。

 どうかここにおられる皆様、この沖縄に吹いている新しい風を認識して下さい、ぬるま湯に漬かるのではなく自ら変えて行く、そこに可能性が生まれるのです。私も先輩名護市議員の皆さんと共に切磋琢磨し名護市の地域力全国に発信していく努力を惜しまないことをお誓い申しあげ、私の挨拶と変えさせて頂きます。
名護市議会の様子は、ぼくも見守っています。
みなさん! 10区の会がめげないよう、 応援をおねがいします。
郵便振替 01730-9-9673 ヘリ基地いらない二見以北10区の会