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2006年 11月26日 テーマ 沖縄県知事選挙投票日の翌日
     執筆 浦島悦子
 一瞬、頭が真っ白になった。11月19日、沖縄県知事選投開票日の夜、野党統一候補・糸数慶子さんの北部選対事務所。開票率はまだ半分にも達しないのに、自公候補・仲井真弘多さん当確のテロップがテレビ画面に流れた。呆然と座り込んでいる私に、地元紙の記者が「感想を聞かせてくれませんか」と声をかける。しかし言葉が見つからない。思わず「何も言いたくないです」と言ってしまった。

 この10年間、米軍・普天間飛行場の移設先として基地問題に振り回され、いくら反対の声をあげても政治に届かず、選挙のたびに負けつづけてきた私たち名護市東海岸の住民にとって、今回の知事選は最後の望みをかけた選挙だった。野党候補の人選の難航にやきもきし、1日も早く統一候補を決めてほしいと奔走し、ようやく「新基地建設反対」を前面に掲げる糸数慶子さんが統一候補に決まってからは、全力をあげて選挙運動に走り回った。ここで負ければ、もう後はないという切羽詰った気持ちだった。

 最終投票率64.54%。史上最低だった前回知事選を7%余り上回ってはいるが、「沖縄の今後の方向性を左右する選挙」と言われ、ひいては、「戦争のできる国」への道をひた走る日本の安倍新政権にも少なからず影響すると、全国からの注目を集めた割には、決して高くない。糸数さんは約31万票を獲得したものの、仲井真さんに3万7千票余りの差で敗北した。選挙への出遅れが大きく響いたのは確かだが、それだけではない。

 前回の参議院選挙で圧勝し、知名度の高い糸数さんが勝てば、沖縄をはじめとする在日米軍基地の再編が滞ると恐れた日本政府と、基地の見返りの振興策に期待をかける沖縄経済界が恐ろしいほど必死になっていることを、選挙戦の中でひしひしと感じさせられた。

 仲井真さんの出身である電力関係や建設業関係の友人・知人らの話から、出向という形でさまざまな選挙運動に配置したり、1人何百票という集票のノルマを与えるなど、「仕事の一環だから拒否できない」という企業ぐるみ、職場ぐるみの選挙動員が明らかだった。全県で11万票を超える尋常ではない期日前投票数は、その多くが職場から直接、送迎バスなどで送り届けられた人たちによるものだ。投票前日には、どこからともなくバスで連れてこられた大勢の人々が、仲井真さんのシンボルマークの黄色い鉢巻を締め、めいめいビニール袋を下げて住宅街に散って行くのを目撃した。表に見えないおカネがどれだけ注ぎ込まれたかは知る由もないが、選挙カーやポスター、印刷物などの物量はすさまじかった。ある漁協の理事は「部会があると招集されて行ったら、ヤギ汁が待っていた」と話す。 

 それらを見たり聞いたりするたびに、体は動員されても心は動員されないでほしいと、私は祈る思いだった。私たちにとって文字通り「明暗を分ける選挙」だったからだ。しかし結果は「暗」と出た。仲井真さんは県内移設を前提に、その条件の調整に早速動き出すと報道されている。 
(浦島悦子 11月20日記)
この原稿は、沖縄県知事選投開票の翌日、まだ心と頭の整理ができないまま、日本ジャーナリスト会議機関紙「ジャーナリスト」11月号のために書いたものです。実際の掲載原稿は若干修正されています。(筆者)
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