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2006年 7月18日 テーマ 政府による「モルヒネ攻撃」
     執筆 ヘリ基地いらない二見以北10区の会 浦島悦子
政府による「モルヒネ攻撃」
補助金というカネ=アメ攻勢
 先日、私の住む集落(1年ほど前、私は隣の集落から現在の場所へ引っ越した)で公民館の落成式と祝賀会が盛大に行われ、那覇防衛施設局長が式典の来賓挨拶の冒頭に立った。

 公民館と防衛施設局の不思議な(あるいは、いかがわしい)関係が生じたのは、御殿のような赤瓦屋根の立派な建物がSACO補助金事業として防衛庁予算で建設されたからだ。基地問題で揺れる私たちの地域(二見以北十区)では、見た目も似通った同様の公民館がここ7〜8年の間で、10区(集落)のうち6区に建設されている。

 SACOとは、1996年末に名護市東海岸(辺野古沿岸域)への普天間基地移設を決めた日米特別行動委員会の略称だ。その1年後、名護市民投票で辺野古への基地建設は明確に拒否されたにもかかわらず、日米両政府は、わが友人の言葉を借りると「ストーカーのように」辺野古に執着し、地元住民をはじめ名護市民の根強い反対の声と、ねばり強い反対運動を潰すために、硬軟取り混ぜたあらゆる手段を使ってきた。それらの一つが、当初、各区の区長を先頭に地域ぐるみで反対運動に立ち上がった二見以北十区への公民館建設だった。また、過疎化・高齢化の中で長年、要求してきたのに叶わなかった地域内診療所も、SACO交付金事業として瞬く間に建設された。
自治の精神を蝕むカネ
 新しい立派な建物が増えるにつれて、地域の雰囲気は確実に変わっていった。十区の区長らは「公民館建設は新基地の受け入れとは関係ない」ことを確認して建設させたというが、彼らの口が重くなり、動きが鈍くなるのが手に取るように見えた。

 さらに同時期から、地域振興補助金という名のイチャンダジン(ウチナーグチ。ただガネ=不労所得の意)が十区全体で毎年6千万円(単純平均すると各区6百万だが、人口の多寡によって少しずつ異なる)交付されてきた。名護市からの補助金という形を取っているが、出元は政府であることは言うまでもない。私はこれを密かに「口封じガネ」と呼んでいる。

 これは主に各区の運営費(区長や区役員の報酬、行事などの経費等)に使われているようだが、もともとは自分たちで出し合ったわずかな資金で区の自治運営を行っていたものが、潤沢な資金でぜいたくすることを覚え、それが7〜8年も続くと、もう元には戻れなくなる。以前に住んでいた区でも現在の区でも、補助金が打ち切られるのを危惧する声を聞いたし、カネによって自治の精神が蝕まれ、金銭感覚が歪んできているのを痛感する。

 ちなみに、これまで「公民館」と書いてきたが、実はSACO関連で建設されたものは、公民館機能を持ってはいるが「地区会館」と呼ばれて区別されている。集落自治の象徴であった公民館が「地区会館」に取って代わり、基地にまつわるカネによって自治の伝統そのものが確実に壊されていっているのだ。
区長会の「振興策」要求
 その極めつけが、今回の在沖米軍再編に伴い、従来の「辺野古沖軍民共用空港案」に代わる「辺野古・大浦湾沿岸部(2本のV字型滑走路)案」に合意した政府・防衛庁に対して、十区の区長会が行った「振興策要求」である。辺野古区が1世帯1億5千万円の一時金と年間2百万円の補償金を要求するという動きに呼応して、十区の区長会は「十区全体で60億円の補償金を要求する方向」と報じられたが、地域住民の猛反発をかってさすがに恥ずかしいと思ったのか、まもなくカネの要求は引っ込めて、「振興策」要求に変えた。

 しかし、これも多くの区で「恥ずかしい」「自分たちはカネをもらって、基地被害を子や孫に押しつけるのか」など、区民の激しい批判と抗議に会い、躊躇した区長もいたが、名護市がお膳立てをして区長らを上京させた(実際に行ったのは5人)。五月末の閣議決定の前に地元の合意を取り付けておきたかった政府と名護市の共同作戦に載せられたと思われる。

 私たち「ヘリ基地いらない二見以北十区の会」は、こんな恥ずかしい動きを何とか止めようと奔走したが出し抜かれ、急きょ抗議声明を出した。声明文を持って各区長を回った私たちに対して、彼らは異口同音に「基地にはあくまで反対だが、反対しても政府は強行するだろうから、そのときの担保として振興策を要請した」と言った。しかし、政府はそうは受け止めていないし、彼らのすべてではないにしても、多くの区長の本音も、もはや「基地反対」にはないことを感じないわけにはいかなかった。
人間の尊厳を奪うカネを拒否する
沖縄に「物(むぬ)食ゆすど、わー御主(うしゅー)」という言葉がある。「食べさせてくれる人が私の主人だ」という意味だ。物やカネに弱い「乞食」根性を表す言葉として否定的あるいは自虐的に使われることが多い。しかし最近、もともとは「民を飢えさせるような主君は主君にふさわしくないから、反逆してもいい」という革命精神を表す言葉だったと聞いて、目から鱗が落ちる思いがした。
現在の沖縄では、食べ物がなくて飢えることはないが、民の願いや意思と大小の権力者の意思がねじれていることがあまりにも多い。民の願いを実現できない権力者に反逆する権利を、私たちは持っているのだ。
それにしても、カネは怖いとつくづく思う。じわじわと浸透していくその毒素が、これ以上回らないようにするにはどうすればよいのか、考え込んでいる。政府は米軍再編を推進するために、事業の進捗に応じて補助金を増やしていくという露骨きわまりない特別措置法を作ろうとしている。沖縄の地元紙はこれを「アメ攻撃をはるかに超えたモルヒネ攻撃」だと痛烈に批判した。爆音や事件・事故など基地被害はさまざまにあり、どれも耐え難いが、心身を蝕み、人間の尊厳さえ奪おうとする「モルヒネ」はその最たるものだ。
私はそれを決して許さない。
この文章は、ふきのとう書房、【ふきのとう通信】68号 (2006年7月10日発行)に掲載されたものです。
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