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2013年  12月29日 知事、本当にいいお正月をおむかえください
 12月27日、沖縄県民は最低最悪の日を迎えてしまいました。

 仲井真知事が「辺野古埋め立て申請」を承認してしまったのです。当日、県庁には朝から多くの県民が集まり、仲井真知事の不承認を求めました。あまりにも多くの県民で、県庁ロビーが埋め尽くされたため、知事は、会見場所を知事公舎へ変更する始末。逃げ隠れしながら開いた会見も、支離滅裂の自論を展開し、記者に発言の整合性を求められると、逆切れする情けないありさまでした。、そこまでして承認することに、あまりの責任のなさと県民を裏切った罪の大きさを、あの方はどれくらい感じているのでしょうか。いえ、まともな人なら、連日「不承認を求める声」が強くなる中で、責任の重大さに、少なくとも承認はできないはずです、あの知事を少しでも信じた私たちがバカだったのでしょうか。仲井真知事は、沖縄県と県民を「はした金」で日本政府に売り渡したのです。私たちは絶対にこの仕打ちを忘れません。

 2014年は新たな戦いの年になります。まず、1月19日投開票の名護市長選で、稲嶺市長を再選させなければいけません。名護が最後の砦です。皆様も応援ぜひともよろしくお願いします。名護市に知り合いの方がいらっしゃるなら、ぜひ声をかけてください。貴方が名護市民なら、この4年間の稲嶺市長の公約の実効性の素晴らしさをわかっていらっしゃると思います。基地再編交付金を1円ももらわない中で、名護市はこの4年で確実に発展してきました。名護市はいまや自分の足で、ちゃんと立って歩いているのです。市民の目線で考えてくれる稲嶺さんに、また頑張ってもらいましょう。本当によろしくお願いします。年末最後の文章に、「最悪な県知事」の話はしたくなかったのですが、すべて事実です。ぜひウチナーンチュの今の気持ちを感じてください。でも私たちは絶対に負けません。これからも今まで以上の応援をよろしくお願いします。

 遅ればせながら、皆様どうぞよい年をお迎えください。
子どもたちは純粋なもので、ありのままの気持ちをありのままに表現します。うちの子どもたちも言いたいことがいっぱいなのです。うちの和奏は、キャロライン・ケネディ駐日米大使に、自分の思いを伝えると、手紙をしたためました。辺野古新基地建設の紆余曲折の中で育った息子の武龍は、沖縄の若者としての自覚に目覚めつつあるようです。今の沖縄がおかれた姿を、彼らの思いを通じて考えていただければうれしいと思い、彼らが書いた文章を掲載したいと思います。
キャロライン・ケネディ駐日米大使に宛てた和奏の手紙
この手紙を送ったことはタイムスさんも、新報さんも記事にして紹介してくださいました。
タイムスさんの記事を載せます。

武龍が今年みなさんの前で発表した自分の気持ち
 皆さん、こんにちは。
 今日は僕達、沖縄県民が今どんな思いを持って米軍基地反対を訴えているのか皆さんにお伝えしたくてこの場に立たせていただきました。よろしくお願いします。
 僕は今、アメリカ軍普天間基地の移設先として最有力候補となっている辺野古と大浦湾をはさんで対岸に位置する瀬嵩と言う集落に住んでいます。大浦湾はアオサンゴの群生が数多くあり、珍しい生物も多数生息しているため世界各国から署名な方々が訪れる、まさしく宝の海です。1996年、当時の橋本内閣が普天間基地返還を発表し、全ての県民が喜んだのもつかの間、その移設先としてあがったのが、僕の集落の目の前にある辺野古・大浦湾を埋め立てて普天間基地よりも巨大な米軍基地を作る計画でした。
 美しい自然が壊され、爆音を轟かせながら頭上を戦闘機が飛んでいく日々を送る。当然のように名護市民はみんなで反対しました。
 「自分たちのことは自分達で決めよう」
という運動が起こり、1997年12月21日、「基地建設の是非を問う名護市民投票」が行われました。その結果、基地建設反対の票が過半数を取り勝利を収めました。しかし、当時の比嘉名護市長が「基地の受け入れ」というとんでもないクリスマスプレゼントを名護市民に叩きつけ、辞任してしまったため、その後ずっと今日まで名護市民、そして沖縄県民は基地問題に翻弄され続けてきたのです。
 僕はこの市民投票の年に生まれ、物心ついた時には親に連れられ抗議集会などによく参加していました。ですが四、五歳の子供に基地や環境問題の話をされても分かるはずもありません。当時はよくぐずって泣いたそうです。そんな僕が、基地についてよく考えるようになったのは、家族でピースキャンドルという活動を始めたころからです。ペットボトルで作った手作りのキャンドルを手に持ち、辺野古キャンプシュワブ基地のゲート前で土曜日の午後6時半から三十分間立つという簡単な活動です。キャンドルを持って、道を走る車や、基地内に出入りする米兵に「ジュゴンの海を守ろう」と訴えました。この活動も早いもので今年で九年目になります。この活動を行うことによって、親の基地建設に反対する思いも少しずつ分かるようになり、そこに訪れるいろいろな方から、お話を聞くことにより、自分達の問題として感じるようになりました。
 沖縄の米軍基地は数多くの問題を抱えています。米軍機による爆音、米兵による事件・事故の多発、また墜落事故なども起きています。ですが、このほとんどの事件・事故に、政府は日米地位協定のために口出しできません。それどころか、アメリカ政府の機嫌を取るために米兵がどんな事件・事故を起こそうともアメリカと一緒になって建設計画をおし進めようとするのです。僕はこの力関係を知ったとき、日米両政府に怒りを覚えると同時に、自分の意思を持って活動に参加するようになりました。
 名護市民投票から16年の月日が経ちました。私たちがどれだけ声をあげて抗議をし、反対しようと、計画は一向に消える気配を見せません。「オスプレイ配備反対」の県民大会まで開いたのに米軍の新型輸送機オスプレイが昨年の秋には12機配備され、今年も12機追加配備され計24機となり、現在、協定違反を繰り返しながら、昼夜、私たちの頭上を飛んでいます。米兵の起こす事件・事故も後を絶ちません。日本政府がよく言う負担軽減どころか基地から発生する被害は拡大傾向にあります。その基地問題が今、大きな転機を迎えています。年明けすぐに行われる名護市長選挙です。


 稲嶺進名護市長はこの四年間、「海にも陸にも基地は作らせない」という断固たる思いで頑張ってきました。ここで、稲嶺市長が再選すれば名護市の基地反対態勢がより強固なものになります。しかしそれを許さない人たちがいます。それが今の日本政府です。政府は裏から手を回し稲嶺市長に対抗するための立候補者を打ち立てました。その立候補者は基地問題については中立を訴えています。自分の意見を持たない人が市長に立候補するというのもおかしな話ですが両手を上げて賛成と言っても勝ち目がないことを政府は知っているからこそあえて「知事にお任せ」の立候補者を立てたのです。更に、基地移設を早く進めたいがために、「普天間基地は県外へ」と公約していた沖縄県選出の自民党国会議員や自民党沖縄県連に圧力をかけ、「辺野古移設容認」へと強引に捻じ曲げさせることにより知事に辺野古埋め立て申請の早期承認を迫ってきたのです。国を動かす人達がこんなに汚くていいのか。この前代未聞のパワハラに私たちは呆れて言葉も出ませんでした。

 どうしてここまでして沖縄に、いえ、日本に米軍基地が必要なのでしょうか。日本は過去の大戦で戦争の恐ろしさを学び憲法九条の名の下平和主義国家として新たにスタートしたはずです。それなのに、今では米軍の国内駐留を認め、中東への武力介入の後押し、憲法を改正しようとする。そして、今回の特定秘密保護法と言う理不尽極まりない法律の成立。この国は民主制ですらなくなろうとしています。確かに北朝鮮や中国など、一触即発の状態であるこのアジアにおいて武器を持たず、素手でいることは怖いことかもしれません。軍事力が自分達を守ってくれると思うかもしれません。でも、そうしてしまったら、ここに来るまでの多くの犠牲はいったい何だったのでしょう。沖縄で鉄の暴風雨にさらされ、広島・長崎で一瞬のうちに消えていった多くの人々の命と、その地獄のような光景はいったい何のためにあったのですか。沖縄の苦しみは必要なことなのですか。あの戦争の惨劇を、日本の暗い歴史を知らぬふりをしていいわけがない。だからこそ私たちは示さなければなりません。自分の意思で選んだ進む方向を。自分たちの代だけでなく、次の世代やさらに先の世代にも誇れるような選択を。一人でできることは限られています。ですが、集まり、結束していくことでやがて大きな流れになることを僕は信じています。
 
 今日も沖縄の空を爆音を轟かせながら戦闘機が飛んでいます。その音が消え、静かな日々を送れるまで僕は頑張っていきたいと思います。
引き続き 「基地いらない 平和の樹」 のハンカチ大募集中です!!よろしく、御願いします。
1月も毎週土曜日 午後6:30-7:00  キャンプ・シュワブ 第1ゲート前  サイレントキャンドル やってます
12月29日 渡具知智佳子 記
みなさん! 10区の会がめげないよう、 応援をおねがいします。
郵便振替 01730-9-9673 ヘリ基地いらない二見以北10区の会