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2012年  3月25日 子どもたちが一番良い学校生活を送れるように
3月18日  
タイムスさんの記事はhttp://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-03-18_31207/で。
以下転載。
16日来県し、宜野湾市立普天間第二小学校などを視察した岡田克也副総理は17日、帰任前に記者会見し、米軍普天間飛行場の移設問題について「日米の一昨年5月の合意もわたしが(外相時代に)結んだもの。合意通りに進めていくことが日本政府のとるべき道だと考えている」と述べ、副総理として日米合意の辺野古移設計画を推進していく考えを強調した。岡田氏は「この基地の問題については政治家としてはずっと関わり続けていかなくてはならない」との考えを強調。今後の取り組みについて「(県との)信頼関係をしっかり構築できるように努力を重ねていくしかない」とした。27日に仲井真弘多知事が提出する環境アセス評価書の埋め立て事業分に対する知事意見については、「見てみないと分からないので、あまり先取りはしないほうがいい」と述べるにとどめた。嘉手納より南の施設・区域の返還については「(玄葉)外相中心に(米と)よく協議をしてもらう。現時点ではそれ以上のことは申し上げられない」とした。岡田氏は普天間第二小で面談した知念春美校長に「政府の方針は普天間から辺野古への移転。固定化させることはあってはならない」と伝えた。垂直離着陸型輸送機MV22オスプレイの配備で負担増を懸念する知念校長に対し「今のヘリとの置き換えで、プラスアルファではない」との見解を示した。岡田氏は社会保障と税の一体改革の対話集会を目的に来県し、17日、那覇市内で講演。また、仲井真知事、佐喜真淳宜野湾市長とそれぞれ個別に会談したほか、民主党県連幹部とも懇談。首里城や南城市の老人福祉施設なども視察し、同日夜に帰任した。
なぜ、名護にこない!

なぜ、稲嶺市長にお願いしない!

この「上から目線」に、この上なくハラが立ちます。
タイムスさんの記事は見あたりません。
以下抜粋。在日米軍再編見直しの日米協議で、4月中に取りまとめ予定の中間報告に米側が米軍普天間飛行場の大規模な補修に着手する方針と日本の経費負担を明記するよう要求していることが17日、分かった。日本側は普天間固定化を印象付けかねないとして難色を示した。複数の日米関係筋が明らかにした。
見てご覧なさい!!

日本政府が腰抜けだからつけ込まれるんです。

すべてにおいて、言うべき事は言ってください。

”日本”政府でしょ。

おたくら”アメリカ”政府の日本支社ですか?
タイムスさんの記事はWEB上には見あたりません。。
以下転載。「日本侵略を許さない国民会議」と書かれたのぼりを掲げた男女6人のグループが、17日正午ごろ、普天間飛行場の移設に反対する市民団体が座り込む、名護市辺野古の通称「テント村」を訪ね、テントの撤去を求めた。市民団体によると、グループのメンバーがテントに入り一時騒然となったが、近くで警戒していた名護署員が駆け付け、大きなトラブルには至らなかった。グループは拡声器を使って主張を繰り返し、約20分後に現場を後にした。
「テント村」をいつも守ってくれているみなさん、ありがとうございます。

「テント村」は、私たちの心のよりどころの一つになっています。

高江といっしょで、

自分たちの命、生活は自分たちで守っていくしかない。

わけのわからない人たち、

邪魔しないでください。
3月20日
タイムスさんの記事はhttp://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-03-20_31280/で。
以下抜粋。
米軍普天間飛行場周辺の住民らが30日、同飛行場から生じる夜間・早朝などの騒音差し止めと損害賠償を国に求める「第2次普天間基地爆音訴訟」を那覇地裁沖縄支部に起こす。原告数は1次訴訟(396人)の約8倍となる3129人。引き続き原告を募集し、夏にも追加提訴する方針。弁護団が19日、県庁で同訴訟の概要や訴状案などを明らかにした。新垣勉弁護団長は「あくまで最大の要求は爆音の差し止めであり、静かな日々を取り戻したいということに尽きる」と、同訴訟の意義を強調。原告数の増加要因としては「これまで被害を訴えてこなかった住民が、権利意識を持って爆音被害や訴訟の意義を踏まえ、市民的広がりを持ってきた」と語った。
ずーっと、あの爆音に耐え続けているみんさん。

私たちも応援します。

静かな夜を返してください。

でも、私たちの地域に移すことはまかり通りません。

絶対に!!
子どもたちの声が消えることになる瀬嵩の久志小学校
私たちの子どもたちが通っていた、久志小学校、久志中学校が閉校し、4月から小中一貫校の「緑風学園」になります。校庭から子どもたちの声が聞こえなくなるのはとても淋しいのですが、これからも基地問題を含めて、「子どもたちには、一番良い環境で、学校生活を送ってもらいたい」という気持ちで、保護者としても頑張っていきたいとおもいます。
新たに小中一貫校として統合再編される汀間区の緑風学園
 久志小学校は1879年の第二次琉球処分直後の1882に久志尋常小学校として産声を上げた、沖縄でも最も歴史有る小学校の一つです。沖縄の施政権復帰を前に名護市が誕生した1970年8月1日に名護市立久志小中学校として新しい歩みを開始しました。

 知徳体を育む”三志の子”を教育目標に掲げ、校歌に「太平洋の水清く、守礼の魂地に満ちてる、北山久志」と歌われる自然と歴史の豊かな土壌に築かれた学舎でしたが、北部地域の過疎化の進展の中で、児童数は今日、校歌に歌われる「友垣つくる四百人」には及ばず、今月5日に行われた「閉舎式」に集う久志地域全体から登校するする全校児童数は96人でした。

 小泉政権下での三位一体改革以降の行財政改革での地方自治の切り捨ての進展の下で、多額の基地関連収入を得ながらも、文教関連予算には分配できないことを「少人数では子どもたちに競争が生まれず、教育環境として不適」と言いつくろいながら、2009年に久志地域の全小学校を久志小学校一校に統合させ、広大な校区の児童の通学に運用するスクールバスを再編交付金で運行する前市政の在り方に疑問を呈したことも記憶に新しいところです。また十分使用に耐える学校を廃棄してまで新たな学校建屋を建設することにも多くの疑問が呈されました。

 このような学校再編の総仕上げとして、小学校の統廃合を契機に、今日、急激に指摘され始めた子どもたちの学力低下の問題、いじめ、不登校、学級崩壊などの教育荒廃の対策の一環で、「中1ギャップ」緩和の成果が数多く報告される小中連携、小中一貫校のモデル校として、名護市は「緑風学園」へと再編整備することとしました。座間味法子名護市教育長は「県内初の小中一貫教育校として、夢と希望を持ち伸びてほしい」と「閉舎式」で子どもたちに語りかけました。名護市は、久志地域に限定することなく、市全体に通学の道を開いています。こうして久志小学校が所在した瀬嵩区から子どもたちの声が消えることになり、子どもたちは「緑風学園」の建設される汀間区に移ることになりました。

 拙速な統合再編、新たな体育館の建設の一方で運動場敷地の確保が遅れるなどの体制の乱れのなか、統廃合への疑問や地域住民の不安を伴いながらも、子どもたちを見守る保護者は、静かで安全な子どもたちの教育環境を作り上げてあげたいという思いに満たされています。
1月も毎週土曜日 午後6:30-7:00  キャンプ・シュワブ 第1ゲート前  サイレントキャンドル やってます

3月25日 渡具知智佳子 記
みなさん! 10区の会がめげないよう、 応援をおねがいします。
郵便振替 01730-9-9673 ヘリ基地いらない二見以北10区の会