ホーム もどる
2011年  8月14日 普天間基地を無条件に返還してください
8月9日  
タイムスさんの記事はhttp://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-08-09_21828/で。
以下抜粋。菅直人首相は8日の衆院予算委員会で、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設について「沖縄で全く理解が得られない中で、反対運動を物理的に押しのけて(移設を)強要することは考えていない」と述べ、沖縄側の説得に努力する姿勢を示した。政府の考え方として「辺野古に新たな基地建設という負担をしてもらうが、トータルとして沖縄の負担軽減につながる」と強調。「普天間を固定化せず、ある程度の時間で(返還を)実現する方策として、実現性のある数少ない道だ」と述べ、辺野古移設推進の意向を重ねて示した。
「強要しない」と言いながら

執拗にストーカー行為をするのが国のやりかたか。

沖縄県民は普天間基地の無条件返還を望んでいる。
                       
8月11日
タイムスさんの記事はhttp://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-08-11_21952/で。
以下抜粋。イラク戦争で息子を失い、米国で「反戦の母」として知られるシンディ・シーハンさん(54)が10日、日米両政府が米軍普天間飛行場代替施設の移設先に合意した名護市辺野古を訪れ、移設に反対する市民らと意見を交わした。シーハンさんは「基地は要らないという民衆の発言力は重要。多くの人が勇気を持って声を出すことで基地建設を止めることができる」と述べ、移設反対の座り込みを続ける活動をたたえた。ヘリ基地反対協の安次富浩共同代表が、日米両政府の辺野古移設計画や沖縄の米軍基地の現状などを説明した。
戦争によって得られるものは何もない。

戦争につながる基地を作ることも何の意味もない
8月4日
タイムスさんの記事はhttp://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-08-12_21989/で。
以下抜粋。
東日本大震災の米軍救援活動「トモダチ作戦」に伴い生じた放射性廃棄物が米軍普天間飛行場などに保管されている問題で、外務省が6月23日には保管の事実を把握していたことが11日分かった。県の又吉進知事公室長は同日、外務省沖縄事務所を訪ね「速やかに地元自治体への連絡を」と抗議した上で、詳細な情報開示などを求めた。宜野湾市が普天間飛行場内での保管について10日に連絡を受けた際、市の担当者の質問に対して同省日米地位協定室が答えたという。米側が米軍基地内への保管の事実を日本側に知らせたのは4月21日だったことが分かっており、日本政府が普天間内保管を確認するまで2カ月、地元への連絡にはそれからさらに1カ月半以上かかっていたことになる。
米軍はすべからく、一事が万事だ。

沖縄県民のことを何も考えていない。
8月5日
タイムスさんの記事はhttp://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-08-12_21992/を参照。
以下抜粋。米軍普天間飛行場移設に向け、沖縄防衛局が移設予定地の名護市辺野古沿岸部で実施を目指す現況調査について、名護市は11日までに、同局が調査継続のために同市に求めていた申請に不同意、不許可と回答する方針を固めた。市が調査拒否を伝えるのは昨年11月に続いて2度目。
その通りです。

わたしたちはずーっと反対しています。
タイムスさんの記事はhttp://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-08-13_22048/を参照。
以下抜粋。仲井真弘多知事は12日の定例会見で、沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事故から13日で満7年となることを受け、「米軍普天間飛行場の一日も早い危険性の除去には移設・返還が最後の解決だ。県外移設以外に(危険性の除去を)早く実現させる方法はない」と述べ、危険性を除去する唯一の方法は県外移設しかないとの意向を強調した。
早く県外にもっていってください。

それが県民の総意です。
タイムスさんの記事はhttp://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-08-13_22048/を参照。
以下抜粋。
あの日、もし出勤していたら―。米軍ヘリが墜落した2004年8月13日、沖縄国際大学教務部学務課長の上原靖さん(47)は、夏休みで県外にいた。3日後に出勤すると室内は爆風で大破し、自分の机は窓ガラスの破片が山積していた。その時から「ヘリ墜落とは何か」を考え続けた7年間だった。事故当日、上原さんは家族3人で東京観光をしていた。墜落を知り、同僚に電話をかけ続けたがつながらなかった。旅を楽しむ息子を見て、すぐに沖縄へ戻りたい気持ちを押し殺したという。帰郷後、「なぜすぐに帰らなかったのか」と後ろめたさにさいなまれた。「けが人もいない」「大きな物損事故だ」と自分を納得させようとした。そのわだかまりを解きほぐしたのが、宮森小学校ジェット機墜落の写真だった。昨年2月、学生が開いた宮森小と沖国大の墜落をテーマにした写真パネル展。初めて見る宮森の写真に息をのんだ。包帯でぐるぐる巻きにされた小さな遺体、担架で運ばれる子…。振り返ると、沖国の黒い壁の写真が目に飛び込んだ。二つの墜落が、半世紀の時を越えて重なった。17人が犠牲になった宮森と、1人の死者も出なかった沖国。「犠牲者が出なかったからよかったではない。どちらも大惨事だったんだ」。思いがけず涙がにじみ、最後まで見ることができなかった。宮森を知ったことで、「8・13は命の重さを考える日」と言い切れるようになった。
私たちは命の尊さをいつも感じなければいけないし考えなければならない。
タイムスさんの記事はhttp://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-08-13_22034/で。
以下転載。
米軍普天間飛行場では12日、旧盆期間中にもかかわらず、いつも通り飛行訓練が行われた。宜野湾市の市民広場の上を低空で飛行する機体もあり、市民からは「先祖を大切にする日に配慮はないのか」と批判の声も上がった。同飛行場ではCH53ヘリやKC130輸送機などが旋回訓練やタッチアンドゴーを繰り返した。午後2時ごろには、CH53ヘリ1機が、通常は避けている市民広場の上を低空で飛行しているのが確認された。日米両政府が1996年に合意した騒音防止協定は、「地域にとって特別に意義のある日は、訓練飛行を最小限にする」と規定。同市基地渉外課は「沖縄文化への敬意が感じられない。旧盆中の訓練が続くようなら、国を通じて米軍に申し入れることを検討したい」としている。これについて沖縄防衛局は「諸行事に影響を及ぼさないよう配慮を要請しており、旧盆期間もこれに当たる」との見解を示した。対応策への回答はなかった。
自己都合都合しか考えない。

なにが「よき隣人」だ。

なにが「トモダチ」だ。
1月も毎週土曜日 午後6:30-7:00  キャンプ・シュワブ 第1ゲート前  サイレントキャンドル やってます
8月14日 渡具知智佳子 記
みなさん! 10区の会がめげないよう、 応援をおねがいします。
郵便振替 01730-9-9673 ヘリ基地いらない二見以北10区の会