ホーム もどる
2010年  7月 4日 報道が沈黙しても何も変わっていません。
6月29日
タイムスさんの記事はhttp://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-06-28_7619/で。
以下抜粋。菅直人首相は27日夜(日本時間28日朝)、オバマ米大統領とカナダ・トロントで初めて会談した。日米共同声明に基づき、米軍普天間飛行場の名護市辺野古崎と隣接水域への県内移設を目指すと約束した。両首脳は、県内移設への反対姿勢を強める沖縄側の理解を得るため、沖縄の基地負担軽減に努力することで一致した。
”あの”仲井真知事でさえ、「頭越し」と不快感を示している。

県民はみんな怒っています。
タイムスさんの記事はhttp://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-06-29_7635/で。
以下抜粋。カナダであった日米首脳会談で、菅直人首相がオバマ米大統領に対し、日米共同声明に基づいて米軍普天間飛行場を名護市辺野古へ移設することを約束したことに対し、稲嶺進名護市長や自然保護団体の幹部らは「(移設)実現は不可能だ」との声があがった。稲嶺名護市長は「今の名護の状況、県民の思いを考えると、実効性のあるものとは到底思えない」と県民感情と乖離(かいり)していることを指摘。 その上で「(首相は)大統領にはそう(辺野古移設を)伝えたかもしれないが、それが県民にそのまま通じたり、県民を納得させることにはならない」と述べた。・・・日米が8月末までに工法を決める方針を示していることを受け、7月末に辺野古海域で調査する日本自然保護協会プロジェクト部の大野正人部長は「ジュゴンのほかにも、藻場でしか生息しない貝など、辺野古周辺の海域の価値は高い。生物多様性保護が世界の趨勢(すうせい)となっている中で、辺野古に基地を造ることは現実的に無理だ」と指摘した。
「移設は不可能!!」私もそう思います。

もし強行して作り始めてご覧なさい。全世界と全国の各界、各地のものすごい反対運動に遭遇して、作業はいっこうに進まず、国民の血税を無駄づかいすることになるやもしれません。
6月30日
タイムスさんの記事はhttp://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-06-30_7665/で。
以下抜粋。米軍普天間飛行場代替施設の候補地となっている名護市辺野古で沖縄防衛局が行っている「現況調査」について、県は29日までに動植物の捕獲など5項目を昨年に引き続き許可した。同日の県議会6月定例会一般質問で嘉陽宗儀氏(共産)は「許可を出しながら(辺野古案は)極めて厳しいというのは二枚舌だ」と撤回を求めたが、仲井真弘多知事は「アセスそのものは防衛省が終わっていないということなので、(手続き上)特に止める理由はない」との見解を示した。
仲井真知事、あなたは結局そういう方なんですねぇ。忘れませんよ。

一方、名護市の稲嶺市長は名護市に許認可権のある3項目について、「基地建設を前提している」として許可していません。
7月1日
タイムスさんの記事はhttp://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-07-01_7689/で。
以下抜粋。石川市(当時)の住宅地に米軍ジェット機が墜落、近接する宮森小学校を直撃し、地域住民と児童17人が亡くなり、後遺症で1人が死亡した事故から51年目の6月30日、うるま市立宮森小学校(伊波シゲミ校長、児童458人)で、追悼集会が開かれた。児童や多くの関係者が、犠牲者18人の名前が刻まれた慰霊碑「仲よし地蔵」に千羽鶴や花を手向け、み霊の冥福と世界の恒久平和を願った。式典では「平和の鐘」が打ち鳴らされる中、参列した児童や遺族らが黙とう。6年生は「二度とこのような悲しく恐ろしい事故を起こしてはならない」と平和な沖縄をつくることを誓った。1999年、慰霊碑の土台に児童11人の氏名が刻銘され、今年、近隣住民6人と後遺症で亡くなった1人の氏名も刻まれた。
基地があるゆえに起きた、とても悲しい事故。

楽しい学校生活を送っている中

一瞬にして天国へと旅立った。

沖縄県民の願いは一つ。

「基地はいらない。もうかんべんして!」

ただそれだけです。
菅政権に代わったことで普天間問題も終わったような報道ですが、

ただ”表紙”がかわっただけで

本質は何もかわっていません。
1月も毎週土曜日 午後6:30-7:00  キャンプ・シュワブ 第1ゲート前  サイレントキャンドル やってます
7月 4日 渡具知智佳子 記
みなさん! 10区の会がめげないよう、 応援をおねがいします。
郵便振替 01730-9-9673 ヘリ基地いらない二見以北10区の会