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2009年  7月 5日 一瞬にして未来を奪われた方々のためにも・・・
6月28日
新報さんの記事はWEB上には見あたりません。
名護市東海岸の大浦湾で沖縄本島から姿を消したといわれているネオンテンジクダイの姿が確認されたのです。卵を口中で保護して孵化させ、その後もしばらく親の口中で育てる習性を持ちます。汚染されていない川の水が流れ込む静かな湾にしか生息せずなかなか発見できないといいます。環境アセスでは触れられていません。
先日、西平伸さんの写真を見る機会があった。

彼はウチのお隣さんだが、独自のスタンスで基地建設に反対している。

大浦湾に生きる生き物を撮り続けている。

ネオンテンジクダイもそうだが、とても多くの生き物が大浦湾には生きているんだとあらためて感じる。
6月30日
新報さんの記事http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-146484-storytopic-3.htmlで。
以下抜粋。北部市町村会会長の儀武剛金武町長をはじめ、北部12市町村長らが7月13日から17日までグアム島を訪れる。グアム内の基地を訪れ、米軍再編計画に基づく在沖米海兵隊のグアム移転の進ちょく状況を視察し、再編計画が沖縄に与える影響を把握し、北部地域の基地所在自治体の自治行政に反映させるのが目的。併せて、沖縄と共通する観光リゾート地の関連施設を見て回り、今後の観光行政に生かす。一行は、島内のアンダーセン空軍基地やアプラ海軍基地を視察し、米軍側から再編計画に基づく現在の進ちょく状況に関する説明を受ける。海兵隊の移転予定地の視察案内も要望しており、調整中。
私たちの税金を使って辺野古への基地建設に賛成している方々が視察に行くのがどうも解せない。

何を視察するというの?

このお金を宜野湾市長の伊波さんの活動資金に充ててほしいぐらいです。     
7月1日
新報さんの記事はhttp://ryukyushimpo.jp/news/storyid-146520-storytopic-1.htmlで。
以下転載。児童11人、住民6人が犠牲となった1959年の宮森小学校米軍機墜落事故から50年を迎えた30日、うるま市立宮森小学校で追悼式が開かれた。基地の集中ゆえに起きた事故から半世紀。沖縄の抱える現状は変わらぬままで、全校児童や遺族、事故関係者らは「事故を風化させてはいけない」という決意を胸に、追悼式に臨んだ。追悼式では犠牲となった児童が刻銘された「仲よし地蔵」に千羽鶴が奉納され、「平和の鐘」が鳴る中で参加者は黙とうをささげ、犠牲者のみ霊を慰めた。当時、同校の2年生で事故を体験した平良嘉男校長は「事故は関係者にとっては忘れられない。命の尊さを訴え、平和をつくり出す宮森っ子になってほしい」と児童らを激励した。式には仲井真弘多知事らも出席した。この日開館した同校の平和資料室「命と平和の語り部『宮森630館』」は当分の間は毎週土、日曜日の午前10時~午後2時まで開館する。
事故から50年という節目と言うこともあってか新聞にたくさんの記事が載っていた。

どんなことでもそうだが、この一瞬で終わらせることなく、私たちは語りついでいかなければならないと思う。

一瞬にして未来を奪われてしまった方々のためにも・・・。
7月4日
新報さんの記事はhttp://ryukyushimpo.jp/news/storyid-146493-storytopic-3.htmlを参照してください。
以下抜粋。沖縄防衛局が4月、県などに提出した米軍普天間飛行場代替施設建設の環境影響評価(アセスメント)準備書で、環境省の調査報告書や同アセスの方法書には記載されている名護市辺野古沖でのジュゴン1頭の発見記録が載っていないことが29日、分かった。記載されていないのは2005年3月7日、ジュゴン1頭が宜野座沖から辺野古沖で7時間11分回遊したとする記録。環境省が公表している「ジュゴンと藻場の広域的調査 平成13~17年度結果概要について」に記載されており、さらに同局が07年8月に提出した方法書には環境省の同資料を引用し掲載されている。ジュゴン保護キャンペーンセンターは29日、沖縄防衛局の真部朗局長と斉藤鉄夫環境相あてに公開質問状を送付し説明を求めている。
いつも感謝です。

いろんな形で私たちを支えてくれる方々が日本全国にいらっしゃること。

だからこそ私たちもがんばれるんだよね。

本当にありがとうございます。
7月も毎週土曜日 午後6:30-7:00  キャンプ・シュワブ 第1ゲート前  サイレントキャンドル やってます
7月 5日 渡具知智佳子 記
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