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2007年  7月22日 この1週間。無関心は大敵です。
7月8日
新報さんの記事は27面。WEBではhttp://ryukyushimpo.jp/news/storyid-25569-storytopic-1.htmlで。
以下抜粋。沖縄歴史教育研究会(新城俊昭代表)は県内の高校2年生2767人を対象に実施した「沖縄歴史に関する高校生の知識・意識調査」の結果を18日までにまとめた。調査では琉球王国や沖縄戦、伝統文化などに関する基本的な問題を出題したが「全体の正答率はかなり低い」(新城代表)。一方、8割が沖縄の歴史・文化を学ぶ重要性を感じており、意識と知識の乖離が浮き彫りになった格好だ。日本軍が降伏文書に調印し、沖縄戦が公式に終了した日付についての問題では「慰霊の日」の「6月23日」を選択した誤った回答が47%で、正解の「9月7日」を選択したのは6%。全体で最も正答率が低かった。沖縄が本土復帰した年月日(1972年5月15日)を記述する問題でも正答率は11%にとどまった。誤答は25%、「分からない」は64%だった。その中でもことしの復帰35年を時事問題として授業で扱った高校では正答率が80%に上った。沖縄戦について語ってくれる家族や親族がいると回答した生徒は半数近くの46%いた。在沖米軍基地については「全面撤去すべき」が20%、「整理縮小すべき」が45%だった。2つの選択肢を合計した割合は、1995年の米兵による少女暴行事件や2004年の米軍ヘリ沖国大墜落事故の直後の調査に比べると低くなっている。
みなさんは知っていましたか?公式に沖縄戦が集結したのは9月7日なんだって。

高校生への意識調査なんだけど、私たちでさえ誤解していたんだから高校生ならなおさらだよね。

だからこそ「集団自決」の話も教科書から絶対消してはいけないと思ったョ!
新報さんの記事は2面。WEBではhttp://ryukyushimpo.jp/news/storyid-25562-storytopic-3.htmlで。
以下抜粋。ヘリ基地反対協議会の安次富浩代表委員ら3つの市民団体のメンバーが18日、県庁に上原昭知事公室長らを訪ね、米軍普天間飛行場移設先の環境現況調査(事前調査)の中止を要請した。安次富氏らは調査が「環境影響評価(アセス)法違反だ」と指摘。サンゴ破壊の件で県が那覇防衛施設局に報告を求めたのに対し、施設局がまだ回答していない点に触れ、少なくとも回答があるまで調査を凍結させるよう求めた。
この10年ずっと続けられている反対協の地道な行動。1人でも多くの方々に「自分の問題」として考えてほしいと思います。
新報さんの記事は夕刊。WEBではhttp://ryukyushimpo.jp/news/storyid-25582-storytopic-1.htmlで。
以下抜粋。18日夕、宜野座村漢那の村加工直売センター「未来ぎのざ」の駐車場に米軍の装甲車両が相次いで乗りつけた。村の特産品売り場に次々と現れた米軍車両に、現場は一時物々しい空気に包まれた。村や目撃者などによると、国道329号を金武町方面から走行してきた装甲車は午後5時45分ごろに2台、午後6時5分ごろに3台、同センター内の駐車場に15分ほど駐車し、米兵らが車両から降りて車両の点検をしているようだったという。同センターの具志堅政彦所長は「(同センターは)一般客が多く訪れる村の特産品売り場。装甲車が並ぶ様子は演習を思わせ、客に不安を与えるものだ。トラブルはなかったが来てほしくない」と憤った。
米軍は勘違いしている。

ウチナンチュは”かんげい”していると思っている。「未来ぎのざ」は県道沿いにあって、多くの人が立ち寄る場所だ。その駐車場に5台も戦車が次々入ってきたところを想像してみてください。

女子高生じゃないけど”シンジランナ~ィ”って感じで す。
7月11日
新報さんの記事はhttp://ryukyushimpo.jp/news/storyid-25588-storytopic-1.htmlで。
以下抜粋。うるま市田場の県立沖縄高等養護学校(塩浜康男校長、生徒数124人)に18日午後、米軍装甲車1台が無断で侵入し、同校陸上部生徒20人が練習で走っているコース上でUターンを行っていたことが19日分かった。18日は宜野座村の特産品加工直売施設駐車場でも米軍装甲車が乗りつける事態が起きており、相次ぐ米軍車両による基地外施設の敷地内侵入に、日米地位協定に詳しい専門家は「(無断立ち入りは)地位協定でも許されない」と指摘し、関係者からも批判の声が上がっている。那覇防衛施設局が装甲車の所属について確認している。装甲車が高等養護学校の校内に乗り入れたのは午後4時53―54分の間。上江洲交差点から田場交差点向けに進んでいたところ、装甲車は突然、正門から侵入。校内で後進や前進を繰り返して進路変更した。
間違って進入したのではなく、Uターンするために堂々と学校内に入ったんじゃない。

宜野座といい、学校といい、絶対に許せない行動ですよ、仲井真沖縄県知事!!
新報さんの記事は2面。WEBではhttp://ryukyushimpo.jp/news/storyid-25592-storytopic-3.htmlで。
以下抜粋。米軍再編に伴い在沖海兵隊8千人の移転が決まっているグアムを中部10市町村の首長らが10日から3日間の日程で視察した。普天間飛行場を抱える宜野湾市の伊波洋一市長に視察の成果を聞いた。
―グアムの受け入れ態勢はどうだったか。
「現地ではおおむね歓迎しており、経済効果にかなり期待していた。基地は、ベトナム戦争当時はB52戦略爆撃機を155機収容するなど広大。在沖米軍の受け入れは十分可能との説明を受けた」 
―昨年9月に米太平洋軍がグアム統合軍事開発計画を一時公表した。同計画には海兵隊航空戦闘部隊がグアムに移ると明記していた。普天間の部隊はグアムに移るということか。
「米国防総省が最近、グアム政府に提供した資料にも、普天間飛行場所属機などで構成する第31海兵遠征部隊(31MEU)の2千人が『移転が想定される部隊』として明記されている。アンダーセン空軍基地のジョエル・ウエスタ副司令官らは同計画は確定ではなく、2008年夏までにマスタープランを策定すると言っていたが、同計画がベースとなって進んでいるのは確かだ」「日本政府は『米軍再編で在沖海兵隊の司令部だけが移転する』と説明しているが、そうではなく、海兵隊は実戦部隊もグアムに移転する。名護市辺野古に造ると言っている代替施設は普天間の、滑走路など“機能面”だけの移設となり、実戦部隊がグアムから沖縄に訓練することになるだろう」 
―グアム視察の結果をどう普天間飛行場の危険除去につなげるか。
「普天間飛行場の航空戦闘部隊はグアムに移ることははっきりした。現在でも普天間のヘリ部隊は毎年グアムに数カ月行っているのだから、普天間の飛行を少なくしていって、グアムに部隊を移すのは十分可能だ。宜野湾市としてはより早くグアムに部隊を移すよう、日米両政府に訴えていく」
伊波市長の行動力にはいつも敬服する。いつも、何もせず、”しょうがない、しょうがない”と言っている北部の首長さんより何千倍も頼りになる。

普天間飛行場がグァムに移転すれば辺野古への移設も必要なくなる。伊波市長はグァムへの移転は十分可能と言っている。早くそうしてほしいと思う。
今週は基地問題に関する記事は少なく思われました。台風に地震、そして参議院選挙と様々なできごとが続きました。

このごろの若い方は(私もそういう年になってしまった・・・)、自分中心というか、周りのことに無関心な方が多い。

先日も学校主催で地域懇談会というものが開かれたが、父母を含めた若い方々の参加が少なかった。子どものことについて話し合う懇談会なのに残念な気がした。しかし、よく考えてみると若い方々は、いま、自分たちの生活を守っていくのに必死で余裕がないのかもしれない。

若い方々にひとこと言いたい。私たちをこんな生活に追い込んでいる現在の状況を変えていきましょう。このままでいくと日本は大変なことになります。無関心は大敵です。
7月22日 渡具知智佳子 記
みなさん! 10区の会がめげないよう、 応援をおねがいします。
郵便振替 01730-9-9673 ヘリ基地いらない二見以北10区の会