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2007年  7月 1日 この1週間。「なんくるないさ~」も時と場合。
6月24日
新報さんの記事は25面。WEBでは見られません。
 新聞は慰霊の日のことが数多くのっていたが、一番目を引いたのがこの記事だった。

 戦争体験者でも今は新基地建設に賛成している人もいる。が、山崎さんのように亡くなった息子さんへの思いをずっと胸に抱いて戦後を生きていらっしゃった方がほとんどだと思う。

 あらためて、「戦争につながる基地を作らせてはいけない」と感じた一日です。
新報さんの記事は25面。WEBでは見られません。関連記事として沖縄タイムスさんのhttp://www.okinawatimes.co.jp/day/200706251700_04.htmlがあります。
 視察を終えたワグナー氏は「この海域は生物の多様性が印象的だった。今回の訴訟はジュゴンの保護が対象だが、ジュゴンはこの環境の代表で、生態系全てを保護する必要がある」と語っている。

 まさにその通りだと思う。これからの時代、もう国と国とがちまちまと争っている時代ではなく、いかにこの地球をみんなで守り共生しているかを考えなければいけない時代だと思う。
新報さんの記事は2面。WEBではhttp://ryukyushimpo.jp/modules/news/article.php?storyid=24833で。記事を抜粋します。23日、沖縄全戦没者追悼式参列後、教科書検定に関する記者団の質問答えた阿倍晋三首相発言は、撤回の可能性に言及せずじまいだった。県議会をはじめ各市町村議会で検定撤回の意見書可決が広がる中の来県で、一部には「首相は前向きな発言をするのではないか」との観測も流れていただけに、県民の期待は完全に肩透かしに遭った格好だ。
 私たち日本人のトップがこれかと思うと本当になさけない。歴代ずーっとこんな人たちが首相になっているから日本はダメなんだよね。
6月25日
新報さんの記事は24面。WEBではhttp://ryukyushimpo.jp/news/storyid-24914-storytopic-7.htmlで。以下抜粋します。大謝名小学校(多和田稔校長)の6年生は22日、児童が脚本から出演まですべてを作り上げたオリジナル平和劇2007「つるちゃんと清文」を同校体育館で上演した。沖縄戦体験者の聞き取りなど事前学習を重ね、物語を作った6年生は、家族を失った悲しみや平和を祈る心を堂々とした演技で訴えた。同小6年生は「平和」をテーマにした総合学習で、対馬丸の生存者や地元大謝名の戦争の様子を聞き取り、戦跡見学を行った。それを基に今月8日から物語やせりふを組み立て、12日からけいこを始めた。・・・上演会には生徒たちに沖縄戦の体験を伝えた大謝名区老人クラブの高齢者も訪れ、生徒たちの熱演を食い入るように見つめていた。清文を演じた稲福樹さん=6年=は「悔しがる表情とかを演技するのが難しかったけど、上手にできたと思う」と満足そうに話した。
 私も子どもが3人いて、いろんな場所に子どもを参加させている。「子どもには分からないんだから・・・」とおっしゃる親もいるが、子どもはその年齢なりに自分の考えを持っていると私は思う。

 宜野湾市は今現在、普天間基地に苦しめられているところだ。そこに住む子どもたちが自主的に劇を制作して演じると言うこと自体、子どもたちなりに自分の考えを持っている証拠ではないだろうか。子どものみならず、全ての方々に今の沖縄の現状を見つめる目を持ってほしいと切に願う。
新報さんの記事は夕刊。WEBではhttp://ryukyushimpo.jp/modules/news/article.php?storyid=24923lで。以下抜粋します。仲里全輝副知事は25日午前、県庁で記者会見し、仲井真弘多知事が「軽度の脳梗塞(こうそく)」で24日に緊急入院したと発表した。入院期間は1週間で、その後1週間程度、自宅療養し、復帰は7月9日の見込み。
 ご病気の方を悪く言いたくはないが、こういう事態になるのならやはり知事選に出馬なさったこと自体、無理があったにでは・・・。
6月26日
新報さんの記事は23面。WEBではhttp://ryukyushimpo.jp/news/storyid-24933-storytopic-1.htmlで。以下抜粋します。沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団(東恩納琢磨団長)など4つの環境団体は25日、県庁を訪れ、県環境政策課に米軍普天間飛行場の移設先である名護市辺野古海域の環境現況調査(事前調査)でのサンゴ損傷等の調査・確認、情報公開などを求めた。要請事項には、サンゴ破壊地点、そのほかすべての調査機器設置地点について設置状況を調査、確認し、結果を公表することなど9項目が記されている。要請後、メンバーは記者会見し、沖縄リーフチェック研究会の安部真理子会長は一時中止していた残りの調査機器の設置作業が9日、10日に行われたことについて「昨年からサンゴの産卵は2週間遅れ、サンゴの産卵時期と重なった可能性がある」と指摘した。 東恩納団長は「このままでは沖縄の自然がなくなっていく。調査している場所すら分からない、こんなでたらめな調査は有り得ない。県の職員が立ち会い、現場を確認してほしい」と訴えた。
 いつも思っていることだが、いろんな方々が、いろんな形で、新基地建設反対を訴えていらっしゃる姿を見ると、「私もがんばらなきゃ」と勇気づけられます。
6月26日
新報さんの記事は夕刊。WEBではhttp://ryukyushimpo.jp/news/storyid-24985-storytopic-1.htmlで。以下抜粋します。県議会(仲里利信議長)の6月定例会は27日午前、代表質問の2日目を行った。普天間代替施設建設で那覇防衛施設局が名護市辺野古沖で実施した環境現況調査(事前調査)の機器設置でサンゴを傷付けた問題で、首里勇治土木建築部長は「サンゴが密に生息している地域ではなく、その周辺のサンゴ被度が低い位置に設置していることから、当該海域のサンゴの生育環境に大きな影響を与えるものではない」と述べ、影響は少ないとの認識を示した。渡嘉敷喜代子氏(護憲ネット)への答弁。 
「サンゴが密かに生育していない地域」だからOKだという考えはいかがなものか。たとえ小さなサンゴでも”傷つける”という行為自体がいけないことなんだけど。
6月28日
新報さんの記事は27面。WEBではhttp://ryukyushimpo.jp/news/storyid-24998-storytopic-1.htmlで。以下抜粋します。米軍北部訓練場の一部返還に伴う東村高江区へのヘリパッド移設問題で、那覇防衛施設局が7月着工に向け準備を進めていることが27日分かった。高江区内の県道70号沿いには米海兵隊の施設を示す看板が立てられ、道路に引かれた赤い塗料の線が立ち入りを禁じるなど、着工への準備が着々と進められている。移設に反対する地域住民は「阻止行動のけん制だ」と反発した。高江集落に近い建設予定地のN―4地区に続く県道70号の旧道入り口には、「米国海兵隊施設」と書かれた看板が2基立てられ、英語と日本語で無断の立ち入りを禁じている。看板の裏には、施設局長名で「すべての訓練はこの看板の後方のジャングル戦闘訓練センターで実施しなければならない」と海兵隊員に呼び掛けている。旧道と新道の境の地面には赤い線が引かれ、進入禁止地域を示している。東村によると旧道は米軍への提供地域内だという。付近には車両が4台駐車し、作業員が数人建設予定地に出入りしていた。付近に住む伊佐真次さん(45)は「7月にも始まる工事着工を阻止するため、旧道で座り込みを予定していた。立ち入り禁止の表示は阻止行動をけん制するため」と憤った。那覇防衛施設局は琉球新報社の取材に対し、「看板と赤ペイントは施設区域を明確にするため26日に設置した」と回答した。看板は5カ所に設置。27日に確認されたN―4地区の作業は「工事着手前の測量調査作業」と答えた。工事の着手時期に関して施設局は「貴重な鳥類の繁殖期(3―6月)を避けて、7月以降の適切な時期に着手する」として具体的な日時は明らかにしなかったが、早ければ来週にも着手される可能性もある。
 記事には赤いラインが引かれた写真がのっている。それはまるで「何をやってもムダだよ」と私たちをあざ笑っているかのようだ。民主主義とは名ばかりの国、日本。

 高江のヘリパッドだって地元の方々はみんな「やめてくれ~」って叫んでいる。それは区長さんを筆頭にだ。こんな明確な反対の声があるだろうか。それでも強行しようというのは絶対間違っている。
6月30日
新報さんの記事は23面。WEBではhttp://ryukyushimpo.jp/news/storyid-25061-storytopic-1.htmlで。

この記事は全文転載させて頂きます。
米軍北部訓練場の一部返還に伴う、東村高江区へのヘリパッド移設工事の着工が目前に迫っている。移設先の高江区はこれまで2回にわたる反対決議で、移設中止を求めてきた。しかし、決議をした昨年2月からの反対運動の中で住民間の意思に微妙なずれが生じている。実力行使で建設中止を訴える声とは別に止められない移設に対して国に補償を求める意見が出始めている。区住民の選択が問われることなく、移設工事に向けた作業が着々と進む“強大な力”に対し、押しつぶされるかのように住民の気持ちが揺れ動いている。

■募る不安
「実力行使で止めるしかないのか」と、高江集落の移設予定地に近い場所で木工所を経営する伊佐真次さん(45)は語るが、その声は小さい。昨年、区は2度ヘリパッド移設反対を決議した。しかしあくまでも移設を押し通す国側の姿勢に、「移設を止められないのなら、こちらから条件を出してもいいのでは」との意見も生まれ、伊佐さんのような絶対反対派は区内でも少数になりつつある。区の代表者で構成する代議員会も賛成を表明する代議員はいないが絶対反対派も少数だ。移設反対を公約に掲げて当選した伊集盛久村長は突然方針を変え15日、村議会で受け入れを正式に表明。伊佐さんが抱いていた新村長への期待は政治不信に変わった。現在、建設予定地に続く県道70号付近は、進入禁止を伝える看板や赤い線が引かれ、着工の準備が着々と進んでいる。伊佐さんは「高江区だけでは移設は止められない。村内外から支援が必要だ」と話し、区外に協力を求めなければならない現状を歯がゆく思う。

■苦しい胸の内
17日、ヘリパッド建設着工中止を訴える集会が開かれた東村中央公民館は、参加した350人の熱気に包まれていた。しかし、多くは村外から駆け付けた人々で、高江区住民の姿は20人ほどしかいなかった。集会に参加しなかった自営業の照屋幸男さん(54)は「反対行動だけでは生活はできない。家族も食べさせなければいけない」と話し、苦しい胸の内を語る。高江区はパインなどを作る農家が多く、耕作面積は広大だ。しかし高齢化が進んで遊休地が増え、1人当たりの所得は村内でも低い。こうした事情もあり、以前から区内では移設が止められないなら補償を求めようという声も根強い。仲嶺武夫区長も住民の間に横たわる温度差を感じている。仲嶺区長は「本来、住民は全員が移設反対だが、あきらめの気持ちが生まれていることも現実だ」と述べた。先日の集会のあいさつでも区の状況を「区民の気持ちは揺れ動いている」と表現した。しかし仲嶺区長は「まだ2度の反対決議は生きている。今はこの決議に従って行動するだけだ」と語った。
 6月17日の反対集会には私も参加した。

 大雨の中、会場のホールがいっぱいになるほどの人々が集まっていた。新聞では、しかし「区民の姿は少なかった」と書かれている。「すぐあきらめる」。「なんくるないさ~」(ここでは悪い意味、投げやりになる)精神があるウチナンチュの気質が国に見すかされているように思う。

 私たちもいろんなことで二見以北10区の区長さんを訪ねて回ったとき、「反対ばかりしていたら、もらえるものももらえなくなる」と言われるが、かと言って区民のために何かやっているのかといえば、要請行動を一度やって、そのあと「なしのつぶて」でも何もしない。

 要は行動力がないのだ。人間、時には流れに身を任せることも大切かもしれない。でもそれはあくまでも「あえて身を任せるのであって、うちの区長さんたちの場合は、その方が楽だから身を任せているとしか思えない。

 言うべき時にちゃんとモノを言い、行動すべき時に行動しなければ、その人の人生、後で後悔してしまうことになりはしないだろうか。
 「十区の会」のホームページ、いうまでもなくコンテンツの全ては十区が作成、編集しているのだが、ページ作成の実作業は私たちが行っているのではない。ず~~っと前から私たちを応援してくれている夫妻がやってくれている。

 6月30日の高江区のヘリパッド問題でも書いたがウチナンチュはあきらめが早すぎる。私のまわりでもそんな現実をこの10年いやというほど見てきた。

 だからこそこのようにずっと変わらず私たちを応援してくれる方々がいると言うことはとても心強い。私が10年やってこれたのも私たちを近くから、遠くから支えてくれる方々がいたからだ。とても感謝している。この場をかりてお礼を言わせてください。

 「本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。」
7月 1日 渡具知智佳子 記
みなさん! 10区の会がめげないよう、 応援をおねがいします。
郵便振替 01730-9-9673 ヘリ基地いらない二見以北10区の会