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2007年 12月21日 名護市民投票10周年を迎えて
あの 名護市民投票から 10年
 1997年12月21日、沖縄の歴史に「草の根の市民の勝利」という輝かしい成果を刻んだ名護市民投票からちょうど10年が経ちました。名護市への降って湧いた米軍基地建設計画に対し、「大事なことはみんなで決めよう」を合言葉に、市民自らが「海上ヘリポートの是非を問う住民投票」に立ち上がり、日米両政府の硬軟取り混ぜたあらゆる圧力をもはね返して「基地ノー」の市民意思を世界に向けて発信したあの日、私たちは名護市民であることをどんなに誇らしく思ったことでしょう。

 97年10月に結成されたヘリ基地いらない二見以北十区の会も、市民投票までの2ヶ月余り、仕事も家庭も顧みず、寝食を忘れるほど市内を駆け回って地元の思いを訴え、基地反対への投票を呼びかけました。さまざまな圧力や基地に賛成する人々からの罵倒にも耐えて手にした勝利は、まさに汗と涙の結晶とも言うべきものでした。「これで基地は追い返せる」と誰もが思ったのです。

 しかしながら、わずか3日後の24日、比嘉鉄也名護市長(当時)は、日本政府の圧力に負けて民意を踏みにじり、「基地受け入れ」を表明して辞任してしまいました。この、とんでもない「クリスマスプレゼント」は、私たちを喜びの絶頂から失望のどん底に突き落とし、長い苦難の道が始まったのです。

 当初、各区の区長さんたちを先頭に、文字通り「地域ぐるみ」だった十区の会の運動は、次第に参加者が減り、多くの住民が反対の気持ちは変わらず持ちながらも、あきらめや人間関係の疲れなどから口を閉ざすようになりました。

 それでも私たちは、なんとか地元の声を伝えようと、考え得るあらゆる工夫をこらしながら反対の灯を灯し続けてきました。十区住民の3分の2を集めた「説明会」を求める署名、80日間毎日、市長への手紙を持って市役所を訪ねた「平和のプレゼント」、「平和の樹(ハンカチ)」の樹立、「ちむぐくる(肝心)大行進」等々、数え上げればきりがないほどです。

 この10年の間に、日米政府による基地計画の内容は、「撤去可能な海上ヘリポート」から「辺野古沖リーフ上軍民共用空港」、そして現在の「辺野古・大浦湾沿岸案」へとめまぐるしく変わり、その間に名護市長も沖縄県知事も顔ぶれが変わりましたが、私たち地元住民や市民の意思が完全に無視されているという状況はまったく変わっていません。

 十区の会は、参加者の減少から一時休会を余儀なくされていましたが、それを乗り越えて昨年1月に再開。より地域に根ざした運動を作っていこうと、細々ではありますが活動を続けています。どんなに状況が厳しくても、私たちはあきらめるわけにいかないからです。私たちがあきらめてしまったら、この地でこれから生きていかなければならない子や孫たちはどうなるでしょうか。

 ここを人の住めない地域にしてはならない。子や孫たちに平和と自然を残したい。そのひたすらな思いが私たちの原動力です。そして、この10年間、それを支えてきたのが、名護市民投票で示された市民意思でした。歴代市長が基地を受け入れようと、名護市民の世論調査では一貫して「反対」が多数を占めています。市民投票の結果は今も名護市民の中に生き続けているのです。

 地元住民をはじめ全県・全国から駆けつけた人々による現場でのたたかいと、国際世論も巻き込んだ世論の高まりによって、前計画=辺野古沖リーフ上案は廃案に追い込まれました。「在沖米軍再編」の一環として出されてきた現在の「V字形沿岸案」は前計画よりさらに「軍事要塞」の様相を強めたとんでもない計画ですが、日米で合意した2014年までの施設完成に向けて闇雲に事業を進めようとする日本政府の前には大きな壁が立ちふさがっています。

 事業者である沖縄防衛局が作成した環境アセス方法書は、県知事の諮問機関である沖縄県環境影響評価審査会によって「計画の内容が不明で審査不可能」と断罪され、「書き直し」を要求されました。防衛省が、海上自衛隊を投入してまで辺野古・大浦湾海域で強行しているアセス法違反の事前調査についても、審査会は「中止を含む再検討」を要請しています。

 防衛利権をめぐる守屋武昌前防衛事務次官の逮捕で、彼が密接なかかわりをもっている新基地の利権が暴露されるかもしれないと、地元土建業界は戦々恐々としているとも伝えられます。

 市民運動も、若者たちの新鮮な感覚、若手ミュージシャンたちの音楽活動による積極的な参加、市民と研究者たちが連携したジュゴン保護運動など、これまでの型にはまらない多彩で柔軟な活動が芽生え、広がり始めています。

 これら、さまざまな要素が総合され、この、あまりにも愚かな計画は必ず破綻するだろうと私たちは確信します。十区の会のメンバーも10歳年をとり、市民投票の年に生まれた子どもは10歳になりました。この子たちの未来、地球の未来に「基地はいらない」という名護市民投票の民意が花開くときが近い将来に必ず来ることを信じて、私たちは今後も地道に活動していきます。みなさまがたの変わらぬご支援・ご協力を今後ともよろしくお願い申し上げます。

 (なお、十区の会は、メンバーのボランティアと、みなさまの善意のカンパのみにて活動を行っています。財政多難の折とは存じますが、カンパのご協力も合わせてお願い申し上げます。)

2007年12月21日
ヘリ基地いらない二見以北十区の会一同(文責・浦島悦子)
名護市民投票10周年記念行事も行われました。
 12月20日、名護市民投票10周年記念行事(ヘリ基地反対協議会主催)第1弾として、高作正博・琉球大学准教授による講演「市民投票と民意……辺野古が問う平和主義」と吉川秀樹さん(市民アセスなご)の報告「ジュゴン訴訟と環境アセス」が名護市大西公民館で行われ、約100人が参加しました。

 高作さんは、移設「元」の普天間においては法が踏みにじられ、移設「先」の名護市においては民主主義が踏みにじられている、と語り、「市民投票の結果は今も生きている」と明言。仮に「沿岸案」を新たな提案(なので97年の市民投票とは関係ない)と言ったとしても、それについての合意は得られていないので、現段階での建設はできない、と述べました。

 ヘリ基地反対協では第2弾として、来年2月9日に井原勝介・岩国市長の講演会を予定しています。岩国基地への空母艦載機移転拒否を理由に日本政府から35億円の補助金をカットされるといういじめに遭いながら、それに屈せず市民と共にがんばっている井原市長は、お金欲しさにもみ手をしながら政府にすり寄る名護市長の恥ずかしい姿ばかり見せつけられている私たちには、うらやましい限り。議会対策のため12月は無理とのことで2月に延びたそうですが、講演が楽しみです。
みなさん! 10区の会がめげないよう、 応援をおねがいします。
郵便振替 01730-9-9673 ヘリ基地いらない二見以北10区の会