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2021年  8月 1日 絵本『ジュゴンの帰る海』を出版しました
残り4人の原告で勝訴目指そう!
(作・浦島悦子 絵・なかちしずか)
ろくでもない世の中で、少し「爽やかな風」?になるといいな…
ザンは神さまのおつかい たいせつに なかよくすれば わたしたちをまもってくれる
絵本『ジュゴンの帰る海』出版に寄せて
浦島悦子
『けーし風』111号に書いた原稿を掲載します。
 去る5月28日の共同通信は、「沖縄県名護市辺野古の米軍基地建設で環境対策を助言する防衛省有識者会議の一部の委員らが、沖縄のジュゴンが『2019年に絶滅した』と記した論文を英科学誌に投稿したことが27日、分かった」と報じた。

 この有識者会議とは、防衛省沖縄防衛局が設置した「環境保全策の科学的助言をする」ための「環境監視等委員会」である。名称とは裏腹に、辺野古新基地建設の推進にお墨付きを与えるだけの御用機関であることはつとに知られているが、「一部の委員」(茅根創・東大教授ら3人)とはいえ、ここまで実態を無視した非科学的な見解を堂々と出せるものかと開いた口がふさがらなかった。

 当然、環境市民団体は猛反発。基地問題には及び腰の環境省もさすがに、自分たちの調査結果とあまりにもかけ離れたこの見解には異を唱えた。この委員らの「学者・研究者」とは言い難い非科学性と、ジュゴンを「なきもの」として基地建設推進をめざす意図(?)が裏目に出て「どっこい、ジュゴンは生きている」ことをかえって知らしめることになったのは、かえってよかったのかもしれない。

 そんな折、私は『ジュゴンの帰る海』という絵本を出版することになった。といっても、私は絵は描けないので、作画は、私の居住する名護市東海岸でイラストレーターとして活躍する「なかち・しずか」さんである。地元で生まれ育ったが、ジュゴンのことはほとんど知らなかった彼女が、生態を含め一生懸命勉強して描いてくれたジュゴンは生き生きと躍動している。

 最初に作ったのは数年前、『マカトとザン』と題する紙芝居だった。「マカト」は戦前の沖縄の女性の名前、「ザン」は沖縄島におけるジュゴンの一般的な名称である。戦前〜戦後を生きるマカトという一人の女性とジュゴンとの触れ合いを通して、子どもたちに地域の歴史や、自然と平和の大切さを知ってほしいと思って作成した。

 かつては奄美から宮古・八重山に至る琉球諸島沿岸域に普通にいたジュゴンは、私たちの人間活動(捕獲、戦争、沿岸開発、埋め立て、環境汚染など)によって追い詰められ、数を減らしてきた。辺野古・大浦湾から安部・嘉陽にかけての海域は、絶滅に瀕した沖縄のジュゴンたちが命をつなぐ大切な餌場だが、日米両政府が沖縄県民の反対を押し切って強行している米軍新基地建設工事によって、さらなる危機に直面している。ジュゴンの絶滅を防ぎ、「ジュゴンとともに生きる未来」を子どもたちとともに考えたいと、地域の学校や小さな集まりなどで読み聞かせを行ってきた。

 そんな中、辺野古の座り込みを通じて「ハモニカブックス」の清水均さんと出会い、絵本にして広く目に触れる機会を得たことは、とても嬉しい。(紙芝居のタイトルは地元外の人にはわかりにくいということで、絵本にする際に改題した。映画監督の三上智恵さんと作家の藤原新也さんにはコメントを寄せていただき、表紙扉に掲載した。)

 物語の舞台は、私がかつて7年間住んでいた名護市安部(現在は隣の三原に在住)をイメージしている。絵本の最初と最後に出てくる「オール―島」は安部湾の地先にある「安部オール―」と呼ばれる小島だ(2016年12月、オスプレイが墜落したのはオールー島の対岸の湾内)。「オールー」はウチナーグチで「青色」のことで、青は「グソー(後生、あの世)」の色とされている(かつてここはお墓の島だったと言われる)。外洋に面した島の先端部は断崖で、その上の平坦な原っぱは、丈の高い天然の芝生に覆われている。この岬の先の海がジュゴンの通り道になっている。絵本は、幼いマカトがこの芝生の上で昼寝をしている場面から始まる。

 オール―島の下には洞窟があり、ここは台風などの際のジュゴンの避難場所になっていると語る住民もいる。実際、台風などで海が荒れたとき、ジュゴンたちがどこでどうやって難を逃れているかは、まだ解明されていない。

 絵本の始まりの時代は、沖縄戦の10年ほど前を想定している。マカトの両親は当時、日本の統治領であったパラオに出稼ぎに行っている。これは、安部の隣部落の嘉陽から戦前、多くの人々がパラオに出稼ぎに行っていた史実を基にした。パラオにもジュゴンが棲息していることや、パラオから台湾への疎開船が爆撃されたという話は、パラオ帰りの嘉陽の方々から聞いたものだ。

 沖縄戦時や戦後の状況は、私が「名護市史」調査員として地域で聞き取りしたものに基づいており、ジュゴンの餌場や生態等に関するものは、「北限のジュゴン調査チーム・ザン」のメンバーとしての活動を基にしている。絵本の最後を、「基地建設が止まった」という朗報で結べなかったのは残念だが、ここでも「どっこい、生きている」ジュゴンたちに助けられた。以下は絵本の「あとがき」に書いたものである。
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 2019年3月、沖縄島北部・古宇利島周辺を主な住処としていた雌のジュゴンが死骸で発見され、沖縄の人たちに大きなショックを与えました。また、この物語の舞台である名護市東海岸に暮らしていたジュゴンたちは、辺野古新基地建設のための工事が進むにつれて姿を見せなくなりました。しかし一方で、これまで知られていなかった石垣島や宮古島、また沖縄各地の小さな島々の周辺でジュゴンの目撃情報が増えています。「野生の力」はまだまだ健全なのです。

 ジュゴンと人々との関係の歴史は長く、その中でジュゴンたちは自然からのさまざまな「ことづて」を運んできてくれました。私たちが「野生の力」を信じ、やるべきこと、やってはいけないことを守っていけば、この地にジュゴンたちが戻ってくる日も遠くはないでしょう。地球の自然生態系の一員であることを忘れてしまった人間への警告と言うべき新型コロナ禍のその先に、ジュゴンとともに生きられる世界をめざして。     
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