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2019年 12月22日 国の「違法」を許さない!住民の訴訟
第5回口頭弁論を終え結審 判決は来年3月19日
  浦島悦子
国の「違法」を許さない!住民の訴訟
-第5回口頭弁論が行われ結審-
 12月10日に私たち辺野古・大浦湾沿岸住民が国を訴えた抗告訴訟の第5回口頭弁論が那覇地裁で行われ、結審しました。判決は来年3月19日予定です。

 今回の原告意見陳述は私がやったので、法廷で読み上げた意見陳述要旨をごらんください。
判決は来年3月19日(木)です。
以下は 今回、私が行った意見陳述内容(要旨)です。
意見陳述要旨(浦島悦子)
2019年12月10日
 私は1948年、現在の鹿児島県薩摩川内市に生まれました。沖縄には、1990年から住んでいます。私は子どもの頃から自然の中にいることが好きでした。都会で暮らしていた時はあまりにも自然がなく、自分の足元に空洞が開いているような不安に苛まれ、自然に抱かれた暮らしを求めて現在の地域に住むようになりました。

 海と山に抱かれた辺野古・大浦湾沿岸地域の人々は、自然の恵みに支えられながら暮らしと文化を育み、緊密な人間関係の中で互いに助け合いながら歴史を紡いできました。そのささやかな営みを壊したのが、1996〜7年、この地に突然降ってわいた辺野古新基地建設計画でした。以来23年間、この問題は、国のいわゆる「アメとムチ」政策によって地域コミュニティを分断し引き裂きながら住民を翻弄し続けています。

 「母なる海」を破壊するこの計画について、辺野古・大浦湾沿岸住民はこぞって反対運動に立ち上がり、私も一住民としてそれに参加するようになりました。その中でも、今年3月、満105歳で亡くなった辺野古の島袋ヨシおばぁの在りし日の姿が私の胸に鮮明に残っています。2004年、私たちが座り込んでいた辺野古漁港近くに、当時の那覇防衛施設局=現在の沖縄防衛局の役人がやってきて「工事をさせてください」と頼みました。当時の政府はまだ、現在のように問答無用ではありませんでした。いちばん前に座っていた当時90歳余りのヨシおばぁは、自らが体験した戦争の過酷さ、戦後の焼け野原の中で海があったから、海のものを食べて命を繋ぎ、海産物を売って子どもたちを育てることができたと語り、「海は命の恩人。基地に売ったら罰が当たる。どうしても造ると言うのなら私を殺してから行きなさい!」と迫ったのです。防衛施設局の役人は、その言葉にただ涙を流して帰って行きました。その役人もまた、沖縄で生まれ育ったウチナーンチュでした。

 また、数年前、100歳近くで亡くなった汀間集落のあるおばぁは「食べ物も着物も薬も、みんな自然から来る。自然を壊したら生きていけないよ」と口癖のように私に言って聞かせました。文字どおり、自然や海に支えられて生活を営んできたのが、この地域の住民の歴史なのです。

 辺野古・大浦湾の海草藻場を餌場とし、その豊かさの象徴であったジュゴンが、基地建設工事の進行とともに行方不明となりました。埋め立て工事によって海の豊かさが日々失われつつあることを実感している私たちには、ジュゴンの行く末が自らの行く末と重なって見えます。自然は単なる景色でありません。現在わかっているだけで5800種以上と言われる大浦湾の生きものたち、その命のつながりが、私たちの命と暮らしを支え、文化を育む基盤です。その基盤を失えば私たちは生きていけません。私たちがこの地で生き続け、子や孫たちにその豊かさを引き継いでいけるよう、人間として最低限の、あまりにもささやかな願いを、国民を守るべき国が問答無用で押しつぶそうとする不条理に対し、裁判所の賢明なるご判断を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。

以上
琉球朝日放送が12月10日夕方のニュースで裁判の様子を特集してくださいました。ありがとうございました。
辺野古の新基地建設で県の埋め立て承認撤回を国が取り消したのは違法だとして、地元の住民たちが国を相手に起こした訴訟がきょう結審しました。判決は来年3月に言い渡されます。

名護市三原に住む浦島悦子さん「地元住民の気持ちを伝えたいと思っています」
辺野古や大浦湾の近くに住む人たち15人が原告となって辺野古の埋め立て承認撤回の回復を求める裁判を起こました。

石橋記者「撤回を取り消した国の違法性を訴えている住民たちに対し、国は住民たちに裁判を起こす資格はないと反論していて、裁判所が実質的な審理に踏み込むのか、注目されています」
きょうの口頭弁論では名護市三原に住む浦島悦子さんが法廷に立ち「豊かな自然を失えば、私たちは生きていけません」と訴えました。
これで裁判が結審しました。
原告に大学4年生の若者がいます。
渡具知武龍さん「大浦湾という宝の海があったからこそ、僕たちはちゃんと学んでここまで来れたと思います。だからこそ、この自然を守る。本当に当たり前の平和な暮らしというものを守るための裁判だと思っています」
新基地の建設予定地近く、名護市瀬嵩の住民、渡具知武龍さん。武龍さんの家族は2004年から毎週土曜日の夕方、ろうそくを持ってキャンプシュワブのゲート前に立つ「ピースキャンドル」という活動を続けています。行き交う車に新基地建設反対を呼びかけています。裁判に加わった思いを次のように訴えていました。
渡具知武龍さん(9月26日の意見陳述)「国は私たちの民意を無視して、生まれ育った地元の海を埋め立てて新基地を造ろうとしています。こんな不条理の中で育ってきた経験と、基地ができることで生活が脅かされる不安に居ても立ってもいられません」
渡具知武龍さん「自分が通っている琉球大学は普天間基地がすごく近くにあって騒音を間近で感じる。今度は地元(名護)に降りかかってくる恐怖・不安っていうのも含めて、基地に対する思いっていうのを全部ぶつけさせていただいた」
大学で法律を学ぶ武龍さん。知識を身につけ、強硬姿勢を見せる国に立ち向かいたいと前を向きます。渡具知武龍さん「県民投票で県民自体の思いも示されている。それなのに(新基地を)造り進むというのは、地元住民としてはおかしいと思うし、それが自分の住んでいる国なのかなって考えると、そういう意味でも不安に感じます」次回の裁判は来年3月19日です。
沖縄タイムスさんが12月11日の朝刊で記事にしてくださいました。ありがとうございました。
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