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2013年   2月 2日 歴史的な「沖縄一揆」に政府・国民・マスコミの冷たい風
――1月27〜28日、東京行動報告――
  文・写真 浦島悦子(十区共同代表)
「オスプレイ配備の撤回を!」
10/3 名護市民大会開かれる
 1月27〜28日、「オスプレイ配備に反対する沖縄県民大会実行委員会」は、「オスプレイ配備撤回!普天間基地の閉鎖・撤去!県内移設断念」という県民の総意を日本政府と国民に届けるために東京行動を行いました。沖縄の全41市町村長及び市町村議会議長、実行委員会を担う各分野の代表ら約150人が行動を共にするという、沖縄の歴史上かつてなかった画期的な行動です。27日(日)には日比谷野外音楽堂で「NO OSPREY 東京集会」と銀座パレード、28日(月)には、沖縄41市町村長・議会議長全員が署名・捺印した「建白書」を携えての対政府要請(安倍首相をはじめ関係各省庁)を行いました。

 私(十区の会共同代表・浦島悦子)は、ヘリ基地反対協議会からの派遣で27日の集会とパレードに参加しましたので、簡単な報告をしたいと思います。
 朝8時、那覇空港発の飛行機で、ヘリ基地反対協事務局次長の仲本興真さん、名護市議の東恩納琢磨さんと一緒に出発。東京に着いたとたん、温かい沖縄と15℃以上も違う冷たい風に身をすくめました。

 空港から向かったのは有楽町マリオン前。集会の行われる日比谷公園の近くです。一坪反戦地主会関東ブロックをはじめ東京で沖縄の基地問題に取り組んでいる市民団体が行う街頭宣伝(日比谷集会への参加を呼びかけるもの)に参加して、ビラ配りやマイクでの呼びかけを行ったのですが、行き交う人々の無反応、ビラを配る私たちがまるでそこにいないかのような無視ぶりは、風の冷たさよりももっと心身にこたえました。沖縄では見たことのないほど大勢の人がどんどん通るのですが、ビラを受け取ってくれるのは100人に1人いればいい方。沖縄では、少なくとも半分くらいの人が受け取ってくれるのと大違いです。遠い沖縄の問題だから関心がない、というより、社会に何が起こっているのか一切関係ないという感じがして、背筋が寒くなったのは、冷たい風のせいばかりではありませんでした。

 「銀座は特にひどいんですよ。他の場所ならもっとましです」と言いながら、それでも一生懸命訴え、ビラを配っている東京の仲間たちには、とても励まされましたが。


沖縄の思いを受け止めた4000人の熱気

 ビラ配りを終えて日比谷公園へ移動。右翼が集会の妨害に来るという情報があるとのことで、東京の仲間たちは早めに集会場へ向かいましたが、沖縄からの4人(私たち名護組3人と、普天間爆音訴訟団事務局長の高橋年男さん)は公園内のレストラン・松本楼で一坪反戦関東ブロック代表の上原誠信さんにお昼をご馳走になったあと会場入り。

 早めに着いたので人はまだ少なかったのですが、沖縄から駆けつけた「琉球新報」「沖縄タイムス」が号外を配り、地元テレビも取材陣をたくさん送り込んでいるのがわかりました。飛行機の中で開いた沖縄2紙は、ほとんど全紙面が東京行動に向けた記事で埋め尽くされるほどの熱の入れ方でした。

 集会開始時刻の午後3時が近付き、沖縄からの代表団150人が壇上狭しと並ぶ(わが稲嶺進・名護市長を見つけるのに時間がかかりました。笑)頃には、会場は、東京だけでなく全国から駆けつけた人々で立ち見が出るほどに溢れ、参加者は「4000人以上」と発表されました。

 集会の司会を務めた照屋守之・実行委事務局次長は自民党の県議ですが、「140万県民を代表してここに来た」と開会挨拶。沖縄の民意が思想信条を越えて一つにまとまっていることを印象づけました。
「NO OSPREY 東京集会」で挨拶する翁長雄志・共同代表(那覇市長)。1月27日、日比谷野外音楽堂にて。
 実行委共同代表の翁長雄志・那覇市長(市長会会長)は挨拶の冒頭、「ハイサイ、グスーヨー」とウチナーグチで呼びかけ、「沖縄は変わった。日本も変わってもらわなければならない」と断じました。「沖縄は基地で食べてはいない。基地は経済発展の最大の阻害要因だ」「いったい沖縄が日本に甘えているのか、日本が沖縄に甘えているのか」…

 これらは、翁長氏が昨年の県民大会前後から繰り返し述べていることですが、多くの県民が自分たちの思いを代弁していると感じています。歴史的な大行動の中、東京のど真ん中で声を大にして改めて訴えたことは、極めて重要だと感じました。

 玉城義和・事務局長(名護選出県議)は「今回の行動は平成の沖縄一揆だ。民主主義社会の中でこれ以上の意思表示はない。政府にはしかと受け止めていただきたい。この集会を皮切りに国民運動を起して欲しい。マスコミにはしっかりと伝えてもらいたい」と訴えました。

 沖縄からの発言の一つひとつが大きな拍手と「よし!」「そうだ!」という共感の声に包まれ、最後の「がんばろう三唱」で最高に盛り上がりました。そして、沖縄代表団を先頭に銀座パレードへ。私も「ヘリ基地いらない二見以北十区の会」の幟を掲げて歩きました。
右翼の罵声と構造的沖縄差別

 歩き始めて驚いたのは、歩道を延々と埋め尽くして林立する「日の丸」(なぜか一部には「星条旗」も見えました)と、それを掲げる集団から聞こえてくる、聞くに堪えない罵声でした。「非国民!」「中国の手先!」「おまえたちは日本から出て行け!」「ゴキブリ!」「ドブネズミ!」「バ〜カ!」「クルクルパー!」…。私は車道側を歩いていたのですが、歩道側を歩いていた人は「いくらもらっているんだ?」と声をかけられたそうです。東京の仲間によると右翼にもいろいろな団体があって、「今日来ているのも複数の団体です」とか。その中には、辺野古のテントを壊しに来たり、辺野古や普天間で平和のバナーの切り裂き・持ち去りなどを行っているグループもいるようでした。

 パレードの最初と最後を除いて、ずっとその罵声を浴びせられていると、「気にしない」と自分に言い聞かせながらも、暗澹たる思いが湧いてくるのを留めようがありません。右翼の動きは近年、活発になってきて、若い人たちが増えているとのこと。一年後の名護市長選をターゲットに、名護にも今後、大挙して入り込んでくるのではないかという不安が募ります。

 その夜は東京の仲間たちとの交流会で盛り上がったのですが、解散間際、「明日の沖縄代表団の要請行動の時間に合わせて右翼が首相官邸前に集合をかけているので、それ以前にみんなで集まって、場所を右翼に取られないよう確保しよう」と、早朝からの行動が呼びかけられました。沖縄からの対政府要請行動は、こうした東京の仲間たちの奮闘に支えられていたことに感謝したいと思います。
集会後、沖縄代表団を先頭に銀座をパレードしました。
 私は所用のため翌日の朝の便で帰沖しなければならなかったので、要請行動には同行できなかったのですが、アポを取れていなかった安倍首相が4分間だけ代表団に会ったと報道されました。翁長・那覇市長をはじめ自民党沖縄県連の中心的な人々が先頭に立っているので、会わないわけにはいかなかったのでしょうが、沖縄の悲願がわずかなりとも安倍首相をはじめとする日本政府に伝わることはありませんでした。オスプレイの配備についても辺野古新基地建設についても、政府はこれまでの方針を1ミリも変える気配はありません。

 そんな沖縄への「構造的差別」をさらに感じさせられたのは、本土・中央マスコミによる東京行動の報道でした。28日朝、帰沖する前に見た中央紙のうち、朝日新聞が1面に銀座パレードの小さなカラー写真と社会面に簡単な報告を掲載、毎日新聞は社会面に写真入りの小さな記事(見つけるのに時間がかかりました)、読売新聞は10数行のベタ記事、産経新聞は報道なし。沖縄地元紙とのあまりの落差に愕然としましたが、これが現実なのだと思い知らされました。
 
 それでも私たちはめげていません。政府の冷酷さ、国民の圧倒的無関心、右翼の攻撃、大手マスコミの無視をイヤと言うほど味わいましたが、それは、東京行動を行った人々をはじめ沖縄県民の結束をいっそう高めています。同時に、厳しい状況の中で沖縄と心を一つにして頑張っている全国の仲間が確実にいることも知り、励まされました。

 十区の会結成以来15年余。長いたたかいに疲れてはいますが、ここでへこたれては、これまで頑張ってきた意味がありません。子どもたちと地域の未来のために、基地計画の撤回まで頑張っていきたいと思いますので、今後とも皆さまのご支援・ご協力をよろしくお願い申し上げます。 
建白書
内閣総理大臣 安倍晋三殿 2013年1月28日
 われわれは、2012年9月9日、日米両政府による垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの強行配備に対し、怒りを込めて抗議し、その撤回を求めるため、10万余の県民が結集して「オスプレイ配備に反対する沖縄県民大会」を開催した。

 にもかかわらず、日米両政府は、沖縄県民の総意を踏みにじり、県民大会からわずかひと月もたたない10月1日、オスプレイを強行配備した。

 沖縄は、米軍基地の存在ゆえに幾多の基地被害をこうむり、1972年の復帰後だけでも、米軍人等の刑法犯罪件数が6千件近くに上る。

 沖縄県民は、米軍による事件・事故、騒音被害が後を絶たない状況であることを機会あるごとに申し上げ、政府も熟知しているはずである。

 とくに米軍普天間飛行場は市街地の真ん中に居座り続け、県民の生命・財産を脅かしている世界一危険な飛行場であり、日米両政府もそのことを認識しているはずである。

 このような危険な飛行場に、開発段階から事故を繰り返し、多数にのぼる死者をだしている危険なオスプレイを配備することは、沖縄県民に対する「差別」以外なにものでもない。現に米本国やハワイにおいては、騒音に対する住民への考慮などにより訓練が中止されている。

 沖縄ではすでに、配備された10月から11月の2カ月間の県・市町村による監視において300件超の安全確保違反が目視されている。日米合意は早くも破綻していると言わざるを得ない。

 その上、普天間基地に今年7月までに米軍計画による残り12機の配備を行い、さらには2014年から2016年にかけて米空軍嘉手納基地に特殊作戦用離着陸輸送機CV22オスプレイの配備が明らかになった。言語道断である。

 オスプレイが沖縄に配備された昨年は、いみじくも祖国日本に復帰して40年目という節目の年であった。古来琉球から息づく歴史、文化を継承しつつも、また私たちは日本の一員としてこの国の発展を共に願ってもきた。

 この復帰40年目の沖縄で、米軍はいまだ占領地でもあるかのごとく傍若無人に振る舞っている。国民主権国家日本のあり方が問われている。

 安倍晋三内閣総理大臣殿。

 沖縄の実情をいま一度見つめていただきたい。沖縄県民総意の米軍基地からの「負担軽減」を実行していただきたい。

 以下、オスプレイ配備に反対する沖縄県民大会実行委員会、沖縄県議会、沖縄県市町村関係4団体、市町村、市町村議会の連名において建白書を提出致します。

 1.オスプレイの配備を直ちに撤回すること。および今年7月までに配備されるとしている12機の配備を中止すること。また嘉手納基地への特殊作戦用垂直離着陸輸送機CV22オスプレイの配備計画を直ちに撤回すること。

 2.米軍普天間基地を閉鎖・撤去し、県内移設を断念すること。

みなさん! 10区の会がめげないよう、 応援をおねがいします。
郵便振替 01730-9-9673 ヘリ基地いらない二見以北10区の会