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2007年 12月 1日 第9回満月まつり 台風にもめげず、感謝感激の開催。
 こんな日に限って、十区の会所有のデジカメの調子が悪かったので(電源は入るのにシャッターが下りないので、あとで調べてもらったら、電池容量が少なかったらしい・・・トホホ)、鈴木雅子さんが撮影したのものを提供して頂きました。
まつり会場の瀬嵩の浜では、午後2時からのコンサートと並行して、ジュゴンをはじめ大浦湾の生き物たちや辺野古のたたかい、教科書問題県民大会、泡瀬干潟の自然と生き物たちなどの写真展示も行われました。
台風の影響で浜はとても風が強く、ビラやパンフレットが飛んだりしてたいへんでしたが、その風が雲を追い払ってくれたおかげで、満月が姿を見せてくれました。
満月の大潮に強風と波浪が重なり、夕方の満潮時には、あわや舞台が波にさらわれるのではないかという危機的状況もありましたが、みんなで砂の防波堤を作るなどしてどうにか危機を乗り越え、夜が更けるほどに舞台は盛り上がりました。出演してくれた17グループのミュージシャンたちは出演料なし、旅費もすべて自腹の完全ボランティア。感謝感激です
十区の会は誰も写真取ってないのかと思っていたら、渡具知智佳子さんが撮ってました。
来年はいよいよ第10回の節目です。基地建設計画撤回のお祝いのまつりになるといいな…。

2007年 満月まつり in 沖縄 アピール

 澄み切った秋の空気の中に、打ち寄せるさざ波の音。東の空から満月が昇り、大浦湾の水面に光の道を作ります。この海に住むジュゴンやウミガメたちが、波間にキラキラとこぼれ落ちる光と戯れながら歌う歌が聞こえてきます。

 この海がいつまでも豊かで美しく、世界の人々、そして、すべてのいのちとつながる平和の海であってほしい。それは今日、ここに集ったみんなの心からの願いです。

 ここ瀬嵩の浜で第1回「満月御万人(うまんちゅ)まつり」が開催されたのは1999年。辺野古沖のリーフを埋め立てて造る巨大な軍民共用空港の建設が閣議決定された年でした。それは同時に、平和憲法を掲げて出発した戦後日本が、その精神を投げ捨てて「戦争をする国」へと大きく旋回し始めた時期でもありました。

 私たちは、アジアの人々に銃を向けたかつての歴史を繰り返すことなく、戦争も基地もない、平和・人権・環境が輝く21世紀へ向けて沖縄から発信しようと、沖縄満月まつり実行委員会を立ち上げました。「まーるい地球、まーるい月、まーるい心」を合言葉に、海を隔てたそれぞれの地から、ひとつの満月に共生・平和を誓い合おう、と呼びかけ、それに応えて、沖縄と同じように米軍基地の被害に苦しむ韓国との同時開催が実現しました。

 以来、「ジュゴンの海に軍事基地はいらない」という地域住民・沖縄の思いを世界の人々と共有する満月まつり(平和月見会)は回を重ね、今年で第9回目を迎えます。国内、海外での同時開催も年を追って増えつつあります。

 リーフ上建設計画が住民や沖縄内外の多くの人々の力で断念に追い込まれたあと、日米両政府は、辺野古・大浦湾沿岸の海を埋め立てる案に計画変更しました。しかし、地域住民をはじめ平和を願う世界の人々の思いに阻まれて、ジュゴンの住む海に未だ杭一本打たせていません。今年、大浦湾海域に何度も姿を見せてくれたジュゴンたちは、自然との共生、世界の人々との共生・平和を願う私たちにエールを送ってくれているのでしょう。

 1997年12月21日、名護市民が日米両政府のあらゆる圧力をはねのけて、「名護に新たな基地はいらない!」と世界へ向けて高らかに発信した名護市民投票から、まもなく10周年を迎えます。この10年間、語り尽くせぬさまざまなことがありました。しかし、名護市民の意思、沖縄県民の意思が新たな基地建設を止め続けているという事実は、世界の人々を、そして私たち自身を勇気づけます。

 旧暦10月15日、第1回目と同じ瀬嵩の浜で開催される第9回満月まつりは、太古の昔から闇夜を照らし続けてきた満月の光のもとで沖縄内外のミュージシャンたちが共演し、参加者たちが平和への思いを語り合います。米軍ヘリパッド建設に反対して座り込みを続ける高江住民、奇跡の宝・泡瀬干潟の自然を守る人々の願いもひとつにして、いま、ここから、すべてのいのちが輝く共生世界へ向けての一歩を踏み出しましょう。
みなさん! 10区の会がめげないよう、 応援をおねがいします。
郵便振替 01730-9-9673 ヘリ基地いらない二見以北10区の会